第5話
二日後、俺は寺の境内の前を通り、誠の墓へ向かう。
墓の前にはすでに陽平がいた。
「早いな」
「うん。早く着いちゃったよ」
誠の墓を見ると、供えられた花が綺麗に咲いている。一~二日前に誠の両親が供えたものだろう。
「線香を買ってあるよ」
ライターを取り出し、紙に火をつけて線香に火を灯す。半分に分けた線香はよく燃えている。
「二人だと量が多いな」
「……本当に訊くの?」
俺は陽平の問いに頷いた。そして線香を墓の香炉に置き、手を合わせる。
俺は、自分の手で復讐を遂げることは出来なかったけど、どうして誠がいじめられるようになったのか、三浦は何故死んだのか、これからはっきりさせる――
俺に続いて陽平も手を合わせていると、俺達のもとへ真由子が歩いてきた。
「三人揃って兄さんの墓参りなんて、お盆とお彼岸の時くらいじゃない?」
「そうだな。真由子はおととい来たんだろ?」
「うん」
陽平は合わせていた手を下ろして、真由子に向き直った。
「昨日、尚樹から聞いたけど、体調悪かったんだって? 大丈夫?」
「あぁ……うん。もう平気。それより、今日はどうしたの? 急に兄さんの墓参りしようなんて」
俺はスマートフォンを取り出す。
「墓参りというか、真由子に訊きたいことがあったんだ」
俺がそう切り出すと、笑っていた真由子の顔が強張った。
「……ここで?」
「そう。……この写真、三浦の隣に映っているのって真由子だよな?」
俺は遠藤に送ってもらった写真を真由子に見せる。
「その写真、どうしたの」
「三浦の知り合いから見せてもらった」
「……交友関係が広くなったね」
真由子はため息を吐いた。
「そっか。全部知ったんだね」
俺の隣で陽平が真由子に訊いた。
「じゃあ、やっぱり真由子が三浦先輩の彼女……?」
真由子は頷いた。
「真由子が高校の時から三浦と付き合っているって聞いた」
「うん。実はそうなの」
「三浦が死ぬ前に開いていたパーティーに真由子はいたんだろ。あいつが体調悪くなったときも看病していたそうだな」
「そこまで知っているんだ」
「なぁ、三浦が何で死んだのか、知っているんじゃないのか?」
「どういう意味?」
「真由子が三浦を殺したんだろ?」
「……どうして私が?」
「誠のためじゃないのか?」
真由子は俺の言葉に目を見張った。
「初めは純粋に三浦のことが好きだったのかもしれない。でも、誠が死んだ後はどうだ? いつか殺そうと機会を伺っていたんじゃないか?」
じっと俺を見てしばらく黙った後、真由子は口を開いた。
「私がやったと言うなら、どうやって?」
「毒キノコだ。遅効性の。パーティーの後にでも、三浦に食べさせたんだろ」
真由子は何も言わなかった。ただ、悲しそうな目をしていた。
「真由子なら知っているんじゃないか? どうして誠はいじめられて、死ななきゃならなかったんだ?」
俺がそう尋ねた時、真由子の顔は誠が亡くなったときに病院で見た、青白い顔になっていた。
真由子は俯いて話し出した。
「兄さんが死んだのは、私のせいなの」
俺は一瞬、聞き違いをしたかと思った。
「私のお母さんはね、結婚する前からずっと男の子が欲しかったんだって。だから兄さんにはいつも甘かった。実際、兄さんは成績良いし、スポーツもそれなりにこなしていたけど、それをいつも私と比べていたの。……知っていた?」
俺と陽平は首を横に振った。
「そうだよね。兄さんはそんなこと気にしてなかったから、話すことでもなかったんだよね。……でも、私は嫌だった」
真由子の声が次第に低くなる。
「お母さんは私よりも兄さんを優先していた。それに合わせて、お父さんもそうするようになった。私の家ではそれが自然で、当たり前のことだったの。お兄ちゃんを見習わなきゃダメよって、何かある度に兄さんのことを話題にして……」
真由子は泣くのをこらえているような表情で顔を上げ、尚樹と陽平を見て話を続けた。
「私は高校生の時、淳先輩と出会って付き合うことになった。それから先輩に兄さんのことを相談するようになったのが始まりなの。先輩は共感してくれて、何もできない私に代わって気が晴れるように、イタズラを仕掛けるって言っていた。だから私は、そんな大したことじゃないと思っていたの。でも、先輩がやり始めたことに便乗して、同じ部活の他の先輩達が徐々に過激になっていた。いつの間にか、先輩の中でもそれが当たり前になっていて、私は家に帰って来た時の兄さんのケガの様子を見てそれが分かった。思った以上にやりすぎているのを先輩に伝えたけど、部活の訓練の一環だからって……。結局、兄さんは死んでしまった」
「止めるチャンスは他になかったの?」
陽平が訊くと、真由子は視線を逸らした。
「止めた方がいいと思ったことは何度もある。でも、ケガをした兄さんを心配する親を見るたび、その気がなくなっていた。病院で冷たくなった兄さんを見た時に、はっきりと実感したの。とんでもないことをしたって。死なせてほしいわけじゃなかったのに……後悔した」
俺は真由子の話を聞きながら、やりきれない思いで唇を噛みしめた。
「それから私は、この事件に警察が介入し始めて本当のことが知られてしまうのが怖かった。兄さんが死んでからは、淳先輩と会えなかったし、電話も控えていた。でも、事件に関わった部活の顧問や上級生が捕まっていたのに、淳先輩だけ何の処分も受けずに生活できていたことに驚いた。落ち着いた頃に先輩から連絡があって、私のことは伏せ、父親の力を借りて自分は直接関与していないということになったと言っていたわ」
「真由子はそれで良かったのか……?」
真由子は目を伏せた。
「正直に言うと、私はホッとした。けれど罪悪感が無くなったわけじゃなかった。特に淳先輩といると、何をしていても兄さんや親、悲しんでいた陽平君……尚樹君のことが頭から離れなかった」
当時、高校生だった真由子の病院での青白い顔が俺の脳裏にフラッシュバックする。病院で見た、真由子の青白い顔の意味は、その場にいた誰とも違っていた。
「それじゃあ、どうしてその後も先輩と一緒にいたんだ?」
陽平が真由子に訊いた。
「私は淳先輩と縁を切りたいと思い始めていたけど、彼の父親は代議士とは別に建設会社の社長でもあるの。私のお父さんはその下請け会社を経営しているから、私達は親同士でも繋がりがある」
「親のために一緒に?」
「そう。彼がやったことを揉み消せる父親の力が恐ろしかった。兄さんが死んだ後、お父さんもお母さんも悲しんで、しばらく引きずっていたけど、それでも前を向こうと少しずつ元気になっていた。そんな時に、彼の方から父親を通してお父さんの仕事に悪い影響が出たら嫌だったの。……でも、実際に私達家族の生活は破綻しかけた。私がもう淳先輩に気持ちがなくて、他の人に向いていることに彼が気付いた。それから彼は束縛が激しくなった。私が兄さんに対して感じていたことや事件の原因が私にあることを両親にばらすと脅してきたし、DVもするようになった」
それを聞いて、俺は以前、真由子の額にあった怪我が浮かんだ。
「それで三浦を殺したのか?」
真由子は言葉をとぎらせたまま何も言えずにいたが、やがて金縛りが解けたように答えた。
「私は耐えられなくなったの。兄さんの時のように、アザや傷を隠すのも限界があると感じていたし、私はもし自分のしたことが露見してしまったら、彼のしたことを……本当のことを伝えるしかないと思っていた。でも、私の考えは彼に見抜かれていたみたいで、彼の父親が仕事で起こった事故やミスを私のお父さんのせいにしたの」
「それじゃあ、今は……」
「しだいに仕事が減って、今じゃうちに仕事の依頼をしてくるところもないし、営業に行っても門前払い。……それでお父さんは自殺しようとした」
「えっ……?」
俺と陽平は驚いて同時に声を上げた。
「幸い、未遂で済んだ。私が気付いて早く病院に運ばれたからよかったけど、お母さんはノイローゼになってふさぎ込んでいる。お父さんはそんなお母さんの状態を知って、自分が行なったことを後悔していた」
俺は真由子に掛けてやる言葉が浮かばなかった。
「そんな時、淳先輩が連絡してきて言ったの。自分が父親に口添えすれば少しは、事態は良くなるかもしれない。将来、自分は父親の会社を継ぐから家族の為にもそのことを忘れない方がいいって」
「先輩がそんなことを……!?」
陽平は呟いた。
「これがこれからも続いていくのかと思って、私はどうにかしないとって考えたの。そんなときに……」
真由子は俺に視線を向けた。
「尚樹君が淳先輩に近付いているのに気付いた。実際に尚樹君が淳先輩行きつけの居酒屋から出て来るところも見たの。焦ったよ。彼がいなくなれば、これ以上、家族が壊れていくこともなくなるし、尚樹君に知られてしまうこともないって考えた。だから殺したの」
真由子は涙を拭う。
「……それとね、キノコは食べさせたんじゃなくて、飲ませたの」
「どういうこと?」
「彼にスムージーをあげたのよ。その中にキノコを混ぜておいたの。他の人にも作ってあげたけど、キノコが混ざっていたのは彼の分だけ。遅効性ならって思ったけど、尚樹君の前で彼が死んじゃったのを知ってから心のどこかで、覚悟していたわ」
「……ごめん」
俺が謝ると、真由子は目を丸くした。
「何で尚樹君が謝るの?」
「気付けなかったから。結局、誠の時と同じだ」
俺の言葉を聞いて、陽平が言った。
「尚樹だけじゃない。僕も……。何が出来たかわからないけど、こうなる前に気付くべきだった」
「でも、警察が来る前にこうして言ってくれてよかった。悪あがきしなくてすんだよ」
真由子は憑き物が落ちたかのように、力なく笑っていた。
それから俺達は真由子の自首のため、警察署まで付き添った。
「ここで大丈夫。ありがとう」
真由子が警察署の中へ入っていく。見送ると、自然と我慢していたものがこみ上げてくる。
「尚樹……」
俺の様子に気付いたのか、陽平が肩に手を置いた。しかし、俺の名を呟いた陽平の声は震えていた。
家に帰って一人になると、目の奥が熱くなってきた。今夜は眠れそうになかった。
翌日、遠藤から真由子が自首し、逮捕されたと連絡が来た。一日で多くの人に知れわたったようだ。
俺と陽平は午後の講義を休み、真由子のお父さんに会いに病院へ行った。面会できるか不安だったが、看護師は病室へ通してくれた。
「来てくれてありがとう。すまないね」
俺達に対しての第一声がそれだった。
「明日、退院するんだ」
「おじさんの体調は大丈夫なんですか?」
俺が訊くと、おじさんは頷いた。おじさんは目を合わせずに俯く。
「あぁ、私は大丈夫。君達こそ、大丈夫かい? ……驚いただろう」
「はい。でも、俺達は真由子を待ちますよ」
「真由子も誠も良い友達を持ったんだな。私は本当に愚かなことをしてしまったよ。こんなことをしなければ、真由子も……」
「俺達も何も気付いてあげられませんでした。……すみません」
俺と陽平は頭を下げた。
「君達が謝る事じゃない。顔を上げてくれ」
ゆっくり顔を上げておじさんを見ると、気丈に笑っていた。
「今、出来ることをするしかない。私は真由子も妻も心配だからね。ここで寝ているわけにはいかないんだ」
「おばさんは……?」
「警察の人から聞いた。真由子のことを知った時は取り乱したようだが、今は落ち着いているって。妻と一緒に、真由子に会いに行くよ」
「俺達も真由子に会いに行きます。力になれることがあるかわからないけど、真由子を独りにはしません。誠も真由子が早く家に帰ってくるのを望んでいると思います」
俺はおじさんの姿を見て思わずそう言った。
「ありがとう。親として、真由子とちゃんと向き合っていくよ」
面会時間が終わると、俺達は病院をあとにした。俺達も折れてばかりいるわけにはいかない。精一杯、笑うおじさんの姿に、俺はそう感じた。
「明日、誠の墓を綺麗にしようと思うんだけど、陽平は来る?」
「うん。バイトが休みだから行ける。僕達でやろう」
俺達はそのまま駅へ向かう。改札を抜け、ホームへ降りていく中で、今の家族の姿を誠にどう伝えようかと俺は考えた。
-続-
贖罪と決別 ~後悔のあとに~ 望月 栞 @harry731
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