第4話

 翌日、俺は大学の講義もバイトもあったが、どちらも行く気にはなれなかった。殺すつもりだった三浦が死んで、目的をなくした俺は脱力していた。俺は自室のベッドの上で横になりながら、あっけない幕切れに呆然としていた。

 その時、家の呼び鈴が鳴った。俺は無視しよう思ったが、ドアを叩いて俺の名を呼ぶ陽平の声が聞こえたため、重い体を起こして玄関に向かった。

「尚樹、大丈夫? 連絡しても返事がないし、今日の講義にいなかったからどうしたのかと……」

「あっ、ごめん。気付かなかった」

 俺はスマートフォンでメールの確認をする。電源を落としていたため気付かなかったが、メールと電話の着信があり、どちらも陽平からだった。

 いつの間にか陽平は勝手に部屋にあがり込み、床にドカッと座った。

「どうしたの? 体調悪い? 病院で会った時も様子がおかしかったけど」

 俺はベッドに座って言った。

「いや……なんか、三浦を殺す前に先に死んだから、気が抜けたっていうか……」

「確かに、直前にあんなことになってびっくりしたね。でも、わざわざ僕達がやらずにすんだよ」

「だけど、あいつが何で誠をいじめるようになったのか、結局分からずじまいだ」

「それは……そうだね。僕も知りたかったけど、今は尚樹が犯罪者にならなくてホッとしているよ」

 俺は陽平から視線を逸らして言った。

「ごめん、巻き込んで。心配もかけた」

「いいよ、今さら。僕も自分で決めた事だったし。……それよりさ」

 陽平は目の前のテーブルに肘を乗せて身を乗り出す。

「三浦先輩の父親が納得しなくて、警察沙汰になっているみたいだ」

「警察?」

「死因を調べたみたい。医者は内蔵の細胞が破壊されたことによる機能障害って言っていたけど、それを起こしたのは毒キノコだったって話だよ。それで、三浦先輩の行きつけっていうあの飲み屋も調べられたみたい」

「毒キノコ?」

「そう。僕も調べてみたんだけど、猛毒キノコ御三家って言われている三種類のキノコがあって、三浦先輩はそのうちの一つを食べたみたいなんだ。実際、それを食べると嘔吐や腹痛などの症状が起こるんだけど、その後に症状が治まって回復したような状態になるらしいんだ。でもそれから数日経つと、内蔵の細胞が破壊されて死ぬケースがあるって。三浦先輩もそうなったみたいだけど、尚樹は何か聞いている?」

 俺は陽平の話を聞きながら、三浦の言っていたことを思い出した。

「三浦が言っていた。家でパーティーした後、体調が悪くなったって。その時に、キノコを食べたのか」

「それ本当? 変じゃない?」

「何が」

「だって、そのパーティー、他にも人がいたんでしょう?」

 俺はハッとした。

「俺達の他に三浦を殺そうとした奴がいるってことか?」

 その時、また呼び鈴が鳴った。俺は立ち上がって玄関の扉を開けた。そこにはスーツを着た男が二人立っていた。

「すみません、井上尚樹さんですか?」

「はい。どちら様ですか?」

「警察です」

 男らは警察手帳を見せてきた。

「三浦淳さんの事で伺いたい事があるのですが、今よろしいですか?」

「えっ?」

「三浦さんが病院に運ばれた時、あなたが付き添っていたということで、色々とお話をお聞きしたいんです」

 中年の刑事が言うと、隣にいた背の高い若い刑事が俺の部屋を覗き込んで言った。

「もしかして、奥にいるのは菊池陽平さんですか?」

 自分の名前を呼ばれて、陽平は玄関まで来た。

「はい、そうです」

「あなたもあとから病院へ来たそうですね。ぜひ話を聞かせて下さい」

 断れるはずもなく、俺は二人の刑事を部屋へ通す。それからは質問攻めだった。三浦との関係、飲み屋でのこと、三浦の誕生日会には出席したか、遠藤のこと……。

「では、菊池陽平さんは何故病院へ?」

 俺は一瞬、どう言おうか迷ったが、陽平が代わりに言った。

「俺も三浦先輩と高校が一緒で、部活の後輩なんです。それで、三浦先輩が倒れたって尚樹から連絡受けて言ったんです」

「そうなんですか。あなたも三浦さんと付き合いがあったんですか?」

「いえ、先輩が高校を卒業してからは全く。でも、尚樹から三浦先輩のことを聞いて、近いうちに尚樹を通して先輩に会えたらと思っていたんです。でも、その前に倒れたと聞いて、三浦先輩もそうですけど、尚樹のことも心配で病院へ行きました」

「なるほど。確かに、三浦さんが亡くなった事を知った井上さんは、しばらく呆然とした様子だったと、その場にいた看護師から聞いています」

 刑事の視線が菊池から俺に移る。

「はい。かなりびっくりして……。あの後、陽平が俺を家まで送ってくれたんですけど、その間のこともあまりはっきり覚えてないくらいなので……陽平が来てくれて助かりました」

「では、お二人は三浦さんの友人関係について何かご存知ですか?」

「俺が知っているのは、後輩の遠藤さんくらいです。あとは、文化祭に行った時にサークルの後輩の人達を見掛けただけで、それ以上の事は詳しくは知りません」

 俺がそう言うと、続けて陽平が言った。

「僕も三浦先輩の友人関係は分かりません」

「そうですか。では、三浦さんと遠藤さんの関係は尚樹さんから見てどう見えましたか?」

「仲が良い先輩と後輩って言う感じでした。特に仲が悪そうな様子もなかったですし、一緒に三浦先輩と飲んでいた日もあとから遠藤さんが来ると聞いていましたから」

 俺達の話をさんざん聞いた後、刑事は帰っていった。三浦を殺そうと考えていた分、質問されている間は緊張していたが、帰った後は、また気が抜けた。

「陽平、ありがとう。上手く言ってくれて」

「いいんだ。もし、僕達が三浦を殺して、今みたいに警察に聞かれたら答えようと考えていたことだったから」

「そうか。それにしても、やっぱり三浦は誰かに殺されたんだな。だから警察は俺達にも話を聞きに来たんだ」

「パーティーに参加した誰かってことかな?」

「恐らくそうだ。その時に三浦を狙って誰かが毒キノコを食べさせたんだろう」

「その人は何で三浦先輩を殺したのかな?」

「さぁ……。でも、犯人が捕まるのは時間の問題だな。大勢がいるなかでキノコを三浦だけに食べさせるようにしたんだから、その場にいた誰かしらが気付くはずだ」

「どうやったんだろうね」

「誕生日だっていうから、三浦だけにそのキノコを使った料理でもふるまったんじゃないのか」

 俺達は陽平が帰るまでそんな話を続けていた。目的がなくなった俺は、これからは大学生として、今まで通りの生活をすればいいだろう。

 でも、誠にはなんて報告をすればいいんだろうか――


 それから二日後、俺は三浦の事件が気になり、遠藤にメールで連絡を取ってみた。どうやら、遠藤も警察に事情聴取されたようだったが、いまだに犯人は捕まっていないようだった。それは、俺にとって意外だった。

「誰にも気付かれずに毒キノコを食べさせたのか?」

 俺はパーティーにどれだけの人数がいたのか遠藤に訊いてみると、想像していたよりも多かった。

「三十人かよ」

 俺は大学の講義で陽平に会うと、早速それを告げた。

「う~ん、それだけいたら誰か見ているような気はするけど、もしかしたらみんな浮かれていて、あんまり覚えてないかもよ? お酒だって飲んだだろうし」

「酒ね……」

「調べてみる?」

 陽平が俺の顔を覗き込んで訊く。

「そうだな。今のままじゃ、誠に伝えられる言葉がない」

 陽平は頷いた。

「三浦先輩を殺した人は、誠の事件を知っている人かな?」

「えっ?」

「いや、もしそうだったら、三浦先輩が誠をいじめた理由を何か知っていないかなって」

 その時、俺は遠藤からの返信メールの文面を思い出し、もう一度確認する。

「今日は三浦のお通夜、明日は葬式だ。情報、集めてみよう」

 俺達は急遽、明日の講義を休むことが決まった。情報を得るため、俺は遠藤にメールを送った。

 

 次の日、俺と陽平は遠藤から聞いた葬儀場へ向かった。代議士の息子とあってか、多くの人が来ており、テレビで見たことのある政財界の人がいる中で、三浦の友人だと思われる人もちらほら見かけた。

 葬儀が終わった後、俺は遠藤の姿を見つけて声を掛けた。

「遠藤さん」

「あっ、井上さん! 来たんですね」

「はい。昨日メールしたとおり、お話を伺いたいと思いまして」

「それはいいですけど、先輩のこと訊いてどうするんですか?」

 いぶかしげな様子の遠藤に対し、俺は慎重に言葉を選んだ。

「三浦先輩がどういう人だったのか、先輩に近い人から聞いて知りたいんです。今回の事件、やっぱり気になるので……」

 遠藤は腑に落ちないようだった。

「気持ちはわからなくはないけど……。とにかく案内します。君は井上さんの友達?」

 遠藤は陽平に視線を向けて訊いた。

「はい。菊池といいます。僕も三浦先輩と同じ高校の後輩です」

「そうでしたか。井上さんから聞いていると思うけど、僕は遠藤。とりあえず、待たせているから、行きましょうか」

 俺と陽平は遠藤について行くと、会場のロビーのソファで男が一人コーヒーを飲んで座っていた。遠藤がその男に近付いて言った。

「村田さん、待たせちゃってすみません。この人が井上さんです」

 村田はコーヒーカップを置いて、立ち上がった。

「初めまして、村田です。あなたが淳の話を聞きたい人?」

「はい。井上です。こっちは菊池と言って、俺と同じように三浦先輩の高校の後輩にあたります」

 俺が菊池を紹介すると、菊池が村田に軽く頭を下げた。

「急にすみません」

「いや、いいよ。淳は友達が多いけど、俺が一番付き合いが長いと思うし、よく知っているよ。でも、急にこんなことになって……驚いたな」

 俺達はソファに腰を下ろす。

「で、何が知りたい?」

「先輩が高校生だった時に出身校であった事件って聞いていますか?」

「あぁ、覚えているよ。淳から聞いた。君らもその当時は学校にいたの?」

 俺が頷くと、村田は頭を掻いた。

「そうか……。今だから話すことだけどね、淳だけが直接手を出さなかった分、一人だけ助かったような感じだったけど……あいつも何かしらはやっていたよ」

「何かしらって?」

 俺が食いつくと、村田は困ったように首を傾げた。

「いや、何と言うか、あいつのことだから、精神的になぶったりしたんじゃないかと思う。特に高校時代は、表面的には優等生だったけど、実際は荒れていたからな」

「荒れていた?」

「そう。親が代議士っていうのもあってね。色々窮屈な思いをしているようだったよ。それを部活で亡くなった人にぶつけていたのかもな」

 俺は村田の言葉を聞いて、モヤモヤした。三浦は家庭の事情で俺達にはわからないようなつらいことや嫌なことがあったのかもしれないが、だからといってそのはけ口の対象として誠をいじめていいはずがないし、亡くなる原因にもなっているんだから許されるわけがない。

 俺が黙っているのを見かねたのか、陽平が代わりに話を振った。

「村田さんは三浦先輩の誕生日のパーティーに参加したんですか?」

「うん。行ったよ。毎年じゃないけど、淳の誕生日会をやるっていう時はいつも参加している。その時々で多少、面子が変わることもあるけど、俺はずっといるね」

 そこまで言うと、村田は目を瞬いた。

「まるで、警察の事情聴取の時みたいだな。君達も淳の事件、気になる?」

「はい」

「聞いた話じゃ、毒キノコが原因らしいけど、俺はパーティーの時もそれ以外で淳に会った時もキノコなんて口にしてなかったけどな」

 俺は自然と身を乗り出した。

「そうなんですか?」

「あぁ、パーティーの時なんか俺は淳の隣に座っていたけど、キノコなんて食べてなかったと思うよ。そもそも料理にキノコ使ってなかった気がするけど。俺も食べてないし、俺はキノコが嫌いだから、あったら絶対憶えている」

「三浦先輩だけが食べた料理とかはないんですか?」

「そんなものはなかったよ」

 俺は陽平と顔を見合わせた。だったらどうやって毒キノコを摂取したんだ?

「警察の話だと、淳が食べたっていうキノコは遅効性っていうし、実際にパーティーやった次の日に体調が悪くなったって淳から連絡は来ていたけどな」

 俺は村田の話を聞いて、三浦が言っていたことを思い出した。

「そういえば、三浦先輩って彼女いるんですか?」

「あぁ、いるよ。体調悪くなった時もその彼女が淳を看病していたようだし」

「今日、来ていますよね? どこにいるかわかりますか?」

 俺は周囲を見渡しながら質問した。すると、村田も参列した多くの人だかりの方を見て言った。

「それが今日は見てないんだよね。昨日のお通夜は見掛けたんだけど。出席出来なかったのかな」

「その人もパーティーに来ていたんですよね?」

「もちろん」

「その三浦先輩の彼女って、どんな人ですか?」

「う~ん、その時初めて直接彼女に会ったから……まぁ、可愛い子だったよ。たしか年下で、高校の時から付き合っているって聞いている」

「それまで全く会う機会がなかったんですか?」

「うん。……いや、正確にいうと、高校の時にたぶん会ってはいるんだよね。まだ、その子が淳の彼女になる前にその年の誕生日会に出席していたらしい。俺は全然覚えてないし、その時会話もしてなかったと思う。いつか会わせるって話はしていたんだけど、うまくいっていない時期もあったみたいだから、この間のパーティーの時が淳の彼女として初対面って感じだったかな」

「高校の時からっていうことは、もしかして俺達と同じ高校ですか……?」

「あぁ、そう言っていたよ」

 俺と陽平は再び顔を見合わせる。その人も誠が亡くなった事件を知っているはず。

「その人と三浦先輩は仲良さそうでした?」

「うん。パーティーの時は普通だったし。……でも、最近は淳から彼女の話を聞いていなかったな」

「というと?」

「あんまりうまくいってない時は彼女のこと話さないんだよ。そういうところはわかりやすい奴だったな」

 俺は三浦の彼女だという女がカギを握っている気がした。

「いいな、僕も先輩の彼女会ってみたかったなぁ」

 俺の隣で遠藤が呟く。

「どういう人か、特徴を教えてもらってもいいですか?」

 俺は遠藤の呟きを聞き流して、村田に質問を続けた。村田は眉間に皺を寄せて首を傾げた。

「そうだな、これといった特徴はな……。よくいそうな感じの子なんだけど、黒髪で目がぱっちりした……。写真でもあればいいんだけど」

「あっ! 僕、持っていますけど」

 村田が説明に困っていると、遠藤が口をはさんだ。

「本当ですか?」

 俺が訊くと、遠藤はスマートフォンを取り出して三浦から送られてきたメールの画面を俺に見せてきた。

「まだ、先輩がサークルにいた頃に彼女さんの写真見せて下さいって言ったら送ってきてくれたんですよ」

 俺の後ろから覗き込んで見た陽平がぽつりと言った。

「この人が三浦先輩の彼女……?」

 遠藤は頷く。その写真は、三浦とその彼女が仲良さそうに寄り添って写っていた。


                           -続-

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