第3話
三日後、俺はその日の最後の講義を終えて教室から出ると、廊下で陽平が待っていた。
「陽平……?」
「あっ、終わった? 僕もさっき終わってさ、この後の講義が休講なんだ。バイトもないから、これからご飯食べに行こう」
「あぁ、そうなのか。いいよ。行こう」
俺と陽平は大学を出て、少し早めの夕飯を摂ることにした。駅近くまで行き、一軒あったファミレスに入る。
「久しぶりにファミレス入ったな」
「そうだね。高校の時はよく来たよね」
俺はカレー、陽平はドリアを注文し、ドリンクバーでそれぞれの飲み物を取ってきてテーブルに着く。
「この間さ、三浦先輩と一緒にいた……?」
「えっ?」
「講義が終わって帰る途中、三浦先輩と店に入っていく尚樹を見掛けたんだ。他にも誰かいたみたいだけど、何で一緒に……?」
俺は視線を感じながらも何と言おうか迷った。黙っている俺に、陽平は訊いてくる。
「何するつもり?」
陽平はじっと俺の目を見ていた。俺は隠し通せそうにないと思い、観念した。
「三浦を殺すためだ」
声をひそめて告げると、陽平は口を開けて固まっていた。
「開いた口が塞がらないっていうのは、まさにこのことか」
「……本気?」
身を乗り出して陽平は俺に迫ってきた。
「もちろん。冗談じゃないよ。あいつも誠や陽平と同じ部活だったのを知ってから、あいつの情報をリサーチしていた。通っている大学院を突き止めて、そこに潜り込んだらちょうど会えたんだよ。その時は他に人もいたし、あいつに近付くだけだったけど、近いうちにあいつを……」
「そんなのダメだ」
陽平は俺に訴えかけるような必死の目だった。
「確かに、三浦先輩とは部活が一緒だった。事の発端も先輩がきっかけだ。でも、先輩は直接手を出してない」
「手を出してないのに発端って?」
「三浦先輩は酷い言葉を投げ掛けてくることが多かった。精神的にいびってくるっていうか……。そこから始まって他の先輩達も同じようにするようになった。それから、もう少し厳しくした方がいいなって三浦先輩が言って、他の先輩達が手を出してくるようになったんだ」
「そうか。始まりは全部あいつか」
「でも、殺すのはダメだ。酷い人だけど、殺すのは……」
「あいつだけ普通に生活しているのはおかしくないのか?」
「尚樹の言いたいことはわかるけど……」
「見物していたってことだろ? 自分は何もしないで、他の奴らにさせていた。手を出してないからって父親の力を借りて一人だけ罪から逃れている!」
「見物……」
何かを思い出したように陽平は呟いた。
「そういえば、三浦先輩の対象ってほとんど誠だった。時々、俺にもするときあったけど、先輩は他の下級生には何も言わなかった」
「え?」
「それまで仲良かったのに、急に誠のことをいじめるようになって、そこから広がったけど、三浦先輩はずっと誠のことばかりだった」
その時、俺は当時の誠の言葉を思い出した。
「そうか。怒らせたのかもしれないって誠が言っていたのは、三浦のことだったのか。やっぱりあいつをこのままには出来ない」
「尚樹……」
「三浦がそんなことしなきゃ、誠は死なずにすんだかもしれない。そうだろ?」
陽平は俯いて何も言わなかった。
「俺はやるよ。だから止めないで、陽平は今話したことを忘れて」
「……それなら僕も手伝う」
一瞬、何を言われたのか理解出来なかった。
「僕は誠を一人にしちゃったんだ。僕がいたところで何か出来たわけじゃなかったかもしれない。でも、だからこそ、誠のためにも今出来ることをしたい。誠も辛い目に遭っていたのに、僕を励ましてくれていたから」
陽平の言葉を聞いて、今度は俺が何も言えなくなった。
「巻き込みたくないとか、考えなくていいよ。僕が手伝うのは他にも理由がある」
「他に?」
「どうして三浦先輩が急にあんなことをするようになったのか知りたいんだ。僕が知る限りじゃ、誠が先輩を怒らせるようなことしてないと思うし。だから殺す前に、はっきり理由を聞きたい」
「そうだな。俺もそれは知りたい」
その時、店員がカレーとドリアを運んできた。店員が去った後、俺は口を開く。
「ありがとう。協力してくれるのはとても助かる」
「同じくらいの男を相手にするんだから、一人より二人の方がいいでしょ。でもさ、これからどうする?」
「この間入った飲み屋が三浦の行きつけの店なんだ。そこを利用しよう」
それから俺達は食事をしてファミレスを出た。そのまま一人暮らし中の俺のアパートで実行日や場所など、今後の計画を練る。
高校のときは誠に関わる話はずっと避けていたのに、こうして陽平と三浦の殺害計画を立てているなんて、俺はとても不思議だった。
夜中、俺は夢の中で誠に会った。懐かしい。高校に入学したばかりの頃だ。俺と誠が帰りに、桜が咲いた土手を歩いている。地面には桜の花びらが敷き詰められていた。
「尚樹は部活どうする?」
「俺はバイトしようと思う。大学に行きたいから、その足しにしたいし。それに運動は苦手だし」
「別に運動じゃなくたって、週一とか二日くらいの活動日の少ない文化部もあるんじゃないの?」
「でも、誠は運動部入りたいんだろ」
「あ、ばれてた?」
「今回はやりたいものに入部しなよ。中学の時は俺に合わせて文化部にしただろ。俺に構わず好きなものを選んで」
「……ほんとは、溶け込めるか心配なんだろう?」
そうだ。元々、俺は集団の中に入っていくのが得意じゃない。だから友達も少ない。唯一、友情が長続きしているのが幼馴染の誠だけだった。図星のあまり、俺は何も言えなかった。
誠は部活が一覧になって記載されているプリントを見てしばらく悩んだ後、ぽつりと言った。
「じゃあ、ワンゲル部にしようかな」
「意外なやつ選んだな」
「野球とかサッカーとかはさ、経験者が多そうじゃん。その分、ワンゲルの方が入部しやすそうだし」
そう言って、誠はワンダーフォーゲル部を選んでいた。桜が風で舞い散るなか、誠は笑っている。俺はこの時、別のものを勧めてみるか、あるいは一緒に文化系の部活を選んでおけばよかったのかもしれない。ごめんな、誠――
気付けば、俺は目が覚めていた。少し首を動かすと、窓から光が入ってきているのが分かった。もう朝だ。
振り返れば、誠を死なせないための選択なんてたくさんあった。でもそれを選んでこなかった。過ぎてから考えても意味のないことだけれど、誠が死んだ直後は何度も後悔した。誠以上の友達はいない。もう後悔したくない。行動しないのはやめたんだ。
翌日、俺はアルバイト帰りに地元の駅のそばのベンチで真由子と偶然会った。真由子は少し俯き加減で地面の一点をじっと見ているような様子だった。俺が先に真由子に気付いて声を掛けた。
「真由子?」
俺の声を聞いて、真由子は我に返ったように見上げてきた。
「尚樹君……」
「やっぱり真由子か。……そのおでこ、どうした? 大丈夫か?」
真由子の額の右側が赤く腫れていた。
「あっ……これ、ぶつけちゃって」
「ぶつけた? そそっかしいなぁ。気をつけろよ」
「うん」
「それにしても、こんなところで何しているんだ? ボーっとしていたみたいだけど」
「え?」
「心ここにあらずって感じ」
俺がそう言うと、真由子は何も言わず俯いた。
「どうした?」
「ちょっと色々あって疲れちゃって……。それで電車に酔ったから休んでいたの」
「そうか。家まで送ろうか?」
真由子は首を横に振った。
「少し休んだから、もう大丈夫。ありがとう」
真由子が立ち上がり、俺達は一緒に歩き出す。
「今日はバイトだったのか?」
「ううん。バイトはお休み」
「色々って……何かあったのか?」
俺の問いに、真由子は何か言おうとしたが、口をつぐんだ。
「まぁ、何か困ったことがあったら遠慮なく言えよ。いつでも聞く」
真由子は俺を見上げた。
「お父さんが入院したの」
俺は不意を突かれた気分だった。全く予想していなかった答えだった。
「入院? どこか悪いのか?」
「うん。でも、とりあえず大丈夫。お父さんが自分の部屋で倒れていたんだけど、病院に運ばれて医者に診てもらったら意識も回復したから」
「今度お見舞い行くよ」
「大丈夫よ。もうすぐ退院するから」
「そうか。元気になったなら、良かったな」
「うん……」
そこまで話すと、俺は真由子と別れて家路に着いた。その間、別れた時の真由子の元気のない、疲れたような様子がずっと気にかかっていた。
三日後、俺は本屋でのアルバイトを終えてロッカーで帰り支度をしていると、後輩の磯部がお疲れ様ですと言って入ってきた。磯部は最近入って来たばかりの新人で、まだ親しいと言う程でもないが、仲良く話せるくらいにはなっている。
磯部が入ってきた初日、ちょうど俺も出勤日だった。早くなじめるようにと俺から話しかけたら、なんと磯部は三浦と同じ大学に通っていた。
「三浦さん、知っていますよ。大学院の人ですよね」
俺は頷いた。
「有名ですよ。特に女子の間では。僕は観光学部なんですけど、三浦さんの話を聞くこともあります。それも女友達からですけど」
それから俺は磯部と出勤日が被った日に、不自然にならない程度に三浦の話題を振るよう努めた。磯部は三浦と直接関わりがあるわけでもないため、あまり有力な情報は得られてなかったが、俺が高校時代の三浦の後輩と知り、磯部は嫌な顔一つせずにわかる範囲で答えてくれていた。
他には誰もいない。今日も磯部に三浦の話を持ちかけた。
「そういえばこの間、三浦先輩を見掛けたんだ。居酒屋から出てくるところだったよ」
「あぁ、なんか、気に入っている店があるらしいですね」
「へぇ。じゃあ、けっこう行っているのかな」
「そうみたいですよ。女子達の中には三浦さんのSNSをチェックしている人もいるんですけど、今日も飲みに行ったっていうのがよく書かれているみたいです」
俺は目を見張った。
「先輩、SNSしているのか?」
「みたいですよ。飲みに行ったときに撮った写真とか上げているみたいですけど。直接会話できない女子はそれで交流しているみたいです。思い切って合コン誘ってみたけど、断られたとか言ってショック受けている人もいましたよ。先輩もSNSなら三浦さんと話せるんじゃないですか?」
それはすでに直接会って済ませているが、良いことを聞いた。無駄なものが多そうだが、本人のSNSなら有益な情報も得られるかもしれない。
俺は磯部に挨拶して先にアルバイト先を出ると、帰りの電車の中で三浦のアカウントを探した。それはすぐに見つかり、女子達とのやり取りが多かった。その中であの飲み屋で撮っただろう写真がいくつもあった。他にもあったが、ほとんどに三浦本人が映っている。他の人はあまり写っていない。遠藤でさえ、俺が見ている中でもせいぜい三枚くらいだ。三浦の近況を見ていくと、どうやら誕生日会をしたようだった。その日付の後にはお腹が痛いと書かれている。
「復活! 腹痛が治ったよ。元気になったところで、近々またあそこに飲みに行ってくるか!」
三浦があの店に来る。書き込まれた日付を見ると、ちょうど今日だった。
一週間後、俺は一人で三浦の行きつけの飲み屋へ行った。ここへは三日連続で通っており、今日で四日目になる。俺はお酒とつまみを頼み、お酒を飲まずに三浦を待った。もう四日目だが、このまま三浦に会えないようなら、また大学院に潜入して連絡先を交換するしかないかと思い始めた時、飲み屋の入り口が開いた。
いらっしゃいませと言った店員が対応していたのは三浦だった。俺は口を開きかけたが、三浦が俺に気付いて先に声を掛けてきた。
「あれ、井上君!」
「こんばんは、三浦先輩」
「来ていたんだね。一人?」
「はい。先輩もですか?」
「いや、あとから遠藤が来るんだ。せっかく会ったんだし、もし良ければ一緒に飲む?」
「いいですね」
俺は入り口が見えるようにカウンター席にいたが、三浦と一緒にテーブル席へ移った。俺の向かいに三浦が座る。俺は事が順調に運んでいることにほくそ笑み、三浦と会ったことを陽平にメールで連絡する。
「遠藤さんは何時くらいにここへ来る予定ですか?」
「一時間後だよ。それまで俺も井上君みたいに一人でしっぽり飲んでようかと思っていたんだ」
そう言って、三浦はメニューを開く。お酒とそれぞれ好きなものを選んで店員を呼び、注文する。
今日、俺は三浦をここから連れ出し、陽平と落ち合う予定になっている。少し離れた場所に廃墟となっている小さな家があるため、そこで三浦を殺すつもりだ。もちろん、その前になぜ誠にあんなことをしたのか、問いただす。そのためにまずは、遠藤が来る前に三浦を連れ出さなくてはならない。
「井上君もここを気に入ってくれたの?」
「はい。機会があったら、また来ようと思っていたんです」
「そっか。それじゃあ、連絡先を交換しよう。話したいときに、またここで会える。ついでに遠藤のも教えとくよ。あいつもうちの大学院に入学予定だからね」
そうして俺は二人分の電話番号とメールアドレスを交換した。
「ここはうちの大学院から近いから、入学すればここを利用しやすくなるよ。俺は前回、君とここに来てからしばらく来られなかったから、久しぶりに来られて嬉しいんだ」
「そうなんですか。論文に集中していたってことですか?」
「それもあるけど、体調が悪かったんだ。この間、俺の誕生日にサークルの後輩と何人か友達を家に呼んでちょっとしたパーティーをしたんだけど、その後にお腹が痛くなってね。せっかく誕生日を迎えたのに、幸先悪いよ」
「それじゃ、遠藤さんもいたんですね。今はもう大丈夫なんですか?」
「うん。食べ物に当たったんだろうね。病院に行きたくても動くと辛くて。代わりに彼女が薬を用意してくれてさ。助かったよ。やっとここでお酒が飲める!」
「良かったですね」
そんな話をしていると、店員が注文した酒と料理を持ってくる。俺はノンアルコールをちびちび飲み、料理をつまみながら三浦のジョッキに睡眠薬を入れるタイミングをうかがっていた。
遠藤が来る予定時間の二十分前になって、三浦が立ち上がりながら言った。
「ちょっとトイレ行ってくるよ」
俺はチラッと三浦のジョッキを見た。よし、まだ入っている。大丈夫だ。これに入れて溶かして……。
その時、うめき声が聞こえた。振り返ると、三浦が倒れていた。三浦に気付いた店員がそばに駆け寄って声を掛けている。俺もとっさに三浦に駆け寄った。
「先輩!? 先輩……!」
俺はまた体調が悪くなったのかと思った。飲んだ酒の量はまだ一杯目だというのに、苦しそうに悶えている。俺は店員に救急車を呼ぶように言った。計画を進めるどころではなかった。
救急車が来るまで、俺は三浦のそばに付き添い、声を掛けていた。しかし、その間、全く反応がなかった。予期せぬ事態に、俺は戸惑った。救急車が来ると、俺は隊員に説明しながら一緒に乗り込む。さすがに俺しかいないため、そうするしかない。そのまま近くの病院に到着し、三浦は手術室に運ばれる。俺は陽平にメールで連絡し、手術室の前で待った。
しばらくして、手術室から医者が出てきた。
「申し訳ございません」
医者は頭を下げた。
「手を尽くしましたが、内臓の細胞がすでに破壊されてしまっており……お亡くなりになられました」
俺は驚きのあまり、言葉が出てこなかった。
「尚樹?」
後ろから陽平の声が聞こえたが、俺は返事が出来ない。殺そうと思っていた奴がいきなり死んだ。そのことにまだ頭がついていかない。そばで陽平と医者が何か話していたようだが、俺の耳には届かなかった。
その後はあまりよく覚えていない。唯一覚えているのは、三浦の家族が病院へ来て、三浦の姿を見るなり、そばに近寄って泣いている姿だった。それは、誠が亡くなった時と重なって見えた。
-続-
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