後編

 次の日、私の仕事は休みだったが彼女の帰宅時間を見計らって迎えに行った。

「昨日はすみませんでした。あなたの話を信じていなかったというわけではなくてですね……」

「ごめん、しばらく一人にさせて」

 信頼を取り戻すにはもう少し時間がかかりそうだ。でもこのままなにもしないわけにもいかない。私が調査を続ける事が彼女の信頼に応える結果になるはずだ。

 しかし、調査と言ってもストーカーの姿は見たことないと言うし、一緒に帰っていた時にも特に気配は感じなかったように思われる。要するに手がかりがなにもないのである。相手はかなり用心深いやつだということか。

 考えている最中にセミが鳴き始めた。

「ああ、もうこんな時に気が散るな!」

 見上げると何やらコンクリートの柱にとまっている。セミを見上げているとふとあるものに気づいた。柱に備え付けられたビデオカメラである。そうか、これで分かるかもしれない。

 建築現場では盗難防止や進捗確認のためにカメラを設置していることが多い。この現場でも四月頃に現場で資材が盗難にあい、カメラが設置されたばかりだ。

 カメラをみて女性用ロッカールームに侵入した不審者を発見さえできればいいのだ。映像を保存しているPCを確認できればいいが……日雇いの私に見せてもらえるだろうか。


 担当者の上島さんに話しかける。上島さんは、外部企業の方で私達職人とは異なる。普段は特に関わることはない。

「あの、少しでいいのでパソコンをお借りできたりしないでしょうか。ちょっと録画した映像を見たくてですね……」

 上島は一瞬怪訝な顔をしたが次の瞬間激昂した。

「何言ってんだよ!あんた社員でもないのに録画した映像なんか見せれるわけ無いだろ!」

「そこをなんとか……」

「考えてみろよあんた、これには建築工程や作業員のプライベートな部分も当然映ってる。だから特定の人物が管理することになってんだよ。それを簡単にみせれるわけ無いだろうが!帰れ!」

 ものすごい剣幕で追い返されてしまった。見せてくれないだろう事は予想していたが……何もあんなに怒らなくてもいいのに。だが、せっかく希望の光が見えてきた。諦めるわけにもいかない。気は進まないが、忍び込むしかないか。


 副業で得た経験のお陰で特に侵入に困ることもなかった。鍵の形状も比較的簡単なもので良かった。ピッキング器具をしまい、PCを捜査する。

 時間をかけて見たいところだが、手紙の内容からすると状況は事を急ぐかもしれない。

 しかも録画時間は膨大だ。タイムラプス機能を利用して倍速で見よう。

 仕事が終わったあと、夜までやりすごして侵入してほぼひと晩中映像を見続ける。二日目の夜寝ぼけ眼で見続けてふとカメラを止めた。

 「これは……上島……か?」

 上島が夜中工事現場に忍び込んでいる映像を見つけた。上島がストーカー犯?だが、そうなると少し疑問点が残る。

 とりあえず、明日職場でもう少し様子を見るしかなさそうだ。


 今日も彼女は一人で帰っていた。

 先日手紙を見てしまってからかなり精神的に追い詰められている。男性が怖くて、仕事中も顔を見て話せない。

 帰り道だって危険かもしれない。ふと、大城の顔が頭に浮かんだ。が、自分で追い出しておいて、もう一度付いてきてくれ、というのもバツが悪い。どうしたものか。

 考え込んでいると後ろから声をかけられた。

「お疲れ様、今日は一人なの?」

「え、椎名さん?お疲れさまです」

「じゃあ一緒に帰ろうよ。僕も新しい家こっちなんだ」

「へー、お引っ越しされたんですか。ええ、ぜひ途中まで。」

 仕事以外であまり話したことはないが、気の優しいおじさんという感じだ。とりあえず一人で帰らなくて良くなった。ホッとすると、椎名がゴロゴロとかなり大きめのキャリーバッグを引きずっていることに気づいた。

「あれ、椎名さん、何でキャリーバッグ持ってるんですか」

「まだ、荷物は新居に移動できてなくてさ。今日一気に運んじゃおうかなってね」

「はあ、それでそんなに大きいんですか」

「うん、とりあえずかなりの量持ってきたからね」

「へえ、それにしても大きいですね」

「うん。そういえばちゃんと忠告は聞いてくれたみたいだね」

「なんの事ですか?」

「ほら、手紙で教えてあげたじゃないか、男には気をつけろって。特に大城だよ……ったくあいつ日雇いのくせに俺の白江にちょっかいかけやがって」

 椎名の雰囲気が急に変わったように感じられた。ニコニコと話してはいるが目は全く笑っていない。

「椎名さん……?手紙ってまさか」

 白江は驚いて距離を取ろうとする。が、椎名はその前に腕を掴んで離さない。

「俺が送ってあげたんだよ、お前はとても可愛いから。悪い虫がつかないよう俺が見張ってあげているんじゃないか」

「ひっ」

 急速にのどが渇いていくのを感じた。カラカラで声が出せない。焦って腕から逃れようとする。だが、年老いたはずの椎名の腕には50代とは思えないほどの力が入っており振りほどけない。

「ちょっとどこ行くの、そっちは家じゃないだろ?ほら、今日から俺もそっち住むからさ。とりあえず荷物置いてから出かけようよ」

 その言葉で白江は自分の身が危険なことを思い知った。口をパクパクと開けながらなりふり構わずに逃げ出そうと暴れだした。

 すると椎名は不機嫌になり、

「何故父親の言うことが聞けないんだ!」と、訳のわからない事をいいながら彼女を羽交い締めにし、押し倒した。

 もうだめだと思ったとき、遠くの方で大城の声が聞こえた。

「あそこです!」

 急に自分の上から椎名が何かに引っ張られた。どうやら警官のようだ。少し抵抗したが、あっけなく彼は組み伏せられる。そのまま数人の警察官に連れて行かれた。


 最初は見ているだけだった。

 日に日におかしくなっていく母を見るのは本当に辛いものがあった。白江を見て、こんな娘がいて最後に母親に会わしてやることができたらなぁなんて考えていた。本当によく頑張ってるなぁ。こんな娘がいたら楽しいだろうな。

 そして心配するようになった。こんな可愛い子が一人で大丈夫なのか。ふと気になって帰り道をつける。帰り道は一人か、この辺は人通りも少ないし心配だ、俺が見守ってやらないと。

 心配で心配で、次第に後をつけるようになった。だが、いつしか大城と帰るように。なぜ大城と?駄目だ、そんなの許されない。私の方が長い間彼女を守ってきたんだぞ。娘を守るのは父親である俺の仕事だ。

 次第に溢れ上がっていく気持ちは理性というコップからついに溢れ出した。

 少しずつ少しずつ、彼は狂っていった。





 事情聴取から開放された白江のもとに大城が近づく。大城が警察を呼んでくれたのか。

「とりあえず家に帰りましょう。送っていきますよ。」続けて大城は「清澄さん、本当に間に合ってよかったです。しばらくは仕事を休んで安静にしていた方がいい。」と言ってくれた。

 だが白江はどうしても気になる。

「えっと、大城君、どうして?」

 どうしてあんなに酷いことを言ったのに助けてくれたの?

「それはあなたのおかげです。」

「私のおかげ?」

 だが、彼は勘違いしたのか今回の事件について話し始めた。

「はい、きっかけは幻聴だったんです。

あなたに言われたとおり幻聴に耳を傾けていると椎名から娘についてのかなり歪んだ内容の声が聞こえたんです。でもですね、彼には子供はいないんですよ。かなり怪しいとは思いましたが、幻聴なので確証は得られませんでした。

 そこで僕はカメラの映像を確認したんです。そしたら椎名が手紙を置いたか分かるじゃないですか。するとそこには上島がロッカールームに忍び込む姿が写っていたんです。

 でも椎名の声がどうにも引っかかりました。私にはどうしても椎名が犯人じゃないかと思えたんです。

そこでふと思いだしたのですが、強風で休みになった日がありましたよね?彼は所長に聞いて知っていたと言っていたんですが念の為所長に確認してみると、伝え忘れていたらしくて。そうなると、彼は誰かから聞いていた事になる。もしかして上島と椎名は繋がりがあったのではないか、と推測したのです。」

「次に上島の声を聞いてみたんですが、何も聞こえなかった。そこで椎名の名前を出して揺さぶってみたんです。すると白状してくれました。どうやら上島は椎名に弱みを握られていたそうですね。4月の事件のことで」

「4月の事件……あっもしかして、材料が盗まれたっていう事件?」

「それです。上島は盗難現場を椎名に見つかってしまい、以来ずっと椎名の言いなりだったようです。」

「そういう事だったの……でもやっぱり全く無関係な幻聴ってわでもなかったわね、今までのことから考えると、人の欲望が聞こえてしまう、そんな感じなのかな」

「たまにしか聞こえないのでかなり粘る必要はありますがね。意味不明な言葉のときもありますし。今回は運が良かっただけです。」

「でも前向きに捉えられるようになってよかったよ……それで、現場はどうなるのかしらね、こんなに色々あって」

「さあ、下っ端の私には想像も付きませんが、もう少し女性が働きやすい環境になるといいですよね」

「そうね……まあとりあえず、私はしばらく休もうかな。貴方は?」

「まだ詳しくは決めてませんが、この幻聴について私なりに知りたいと思っています。なので現場は一旦今回で終わりですかね」

「そう、寂しくなるね、ま、でも隣の部屋か、はは。」

「そうですよ、……友達……じゃないですか。お酒ならいくらでも付き合いますから」

「ふふ、ありがとう。あ、ねえねえそういえば…」

 その時、セミが突然鳴き出した。夜明けが近づいてきたらしい。

 アスファルトには談笑する彼らの黒い影が朝日に照らされ永遠と伸び続けていた。

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ストーカー探偵 へーコック @kaiayu91

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