第6話 説示
さっきまでとは違い、異空間へと繋がっていると思わせる、開いた空間。
時折、本殿へと流れ込む、生温い風と冷ややかな風が体を掠めていく。
神祇伯は、手にした檜扇へと目線を落とし、ふっと静かに笑みを漏らした。
「……無量。故に……『
そう呟くと神祇伯は、檜扇を両手でグッと握ると、目線を上げる。険しくも表情を変え、本殿へと体を向き直した。
「
……帰依。
その言葉が神祇伯の口から出た事に、羽矢さんと回向は顔を見合わせ、笑みを見せていた。
羽矢さんは、神祇伯の動きに合わせるように、神祇伯が持つ檜扇が大きく振られると指を弾き、使い魔を解いた。
重さを持った風が流れ、神体へと群がった火の玉を、その場に平伏させるかのように、地へと押し付ける。
「大威徳を成就し、真言は大日如来自体であり、化身を現し、
神変を為す……奇跡を起こすという事だ。
凛とした佇まいで、はっきりと流れる神祇伯のその声は、しっかりとした重さを持っていた。
阿弥陀如来と大日如来から放たれる光が、重なり合って一つとなり、檜扇へと流れ込むように向かった。
檜扇に光が注ぎ込まれるように集まると、神祇伯は檜扇を閉じ、回向へと差し出した。
回向は、黙って檜扇を受け取ると、ギュッと握り締めた。
そして、神祇伯は、本殿を真っ直ぐに捉え、印契を結ぶ。
使う力は誰にも引けを取らない。
真言を唱えるその声も、印契を結ぶその手も、格が違うと思わせた。
「
印契を結んで、唱えられた真言に、羽矢さんはニヤリと笑みを浮かべた。
そして、羽矢さんは本殿を前に……いや……壇が整えられていると確信しての事だろう、黒衣をバサリと翻すと、地に跪いた。
羽矢さんの動きに、僕たちも合わせ、地に跪く。
真っ直ぐに繋げられた道……そこを通る間を開けて。
背後から……強く吹き抜ける風の音が、耳にではなく頭の中に流れ込んでくるような感覚だった。
「……依。目を伏せて、絶対に振り向くな」
蓮が小声で伝えた。
「はい。分かっています」
皆、目を伏せ、流れる風の感覚が通り過ぎるのを待った。
黒衣が揺れたのが、横目に見える。
……住職……。
住職が戻って来たという事は……閻王が下界に……。
こんなにも早く下界に戻って来たなんて、冥府と下界の時の差が……変わっていない。
繋げた道にもよるのだろうか……。
『繋がっているじゃねえか、仏の道に。それも……真っ直ぐにな』
真っ直ぐって……そういう意味でもあったんだ……。
住職のゆっくりとした足取りだけが過ぎ去って行く。
だが、住職の他にも過ぎ去って行く気配は感じ取れていた。
「羽矢。右に立ちなさい」
住職の声に羽矢さんが答える。
「承知」
羽矢さんの黒衣がバサリと音を立てると、羽矢さんの声が流れた。
「界一切の諸仏に
……諸仏……。
冥府の番人『死神』に、初めから託されていた。
近道……身代わり……。
「どうぞ……お顔をお上げ下さい」
静かに流れる住職の声。
僕たちは、ゆっくりと顔を上げる。
閻王が下界に来るとするならば、その姿は……。
……地蔵菩薩。
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