第3話 別尊

「賽の河原……そこを使ってお迎えにあがりましょう」


 賽の河原……そこを使って迎えるって……。

 その言葉に僕は、高宮へと目線が動いた。

 僕の視線に気づく高宮は、僕が思っている事を知ったように頷きを見せた。

 これで……何故、高宮が河原で舟守をしていたのか……深く頷けた。


 僕は再度、事の成り行きを頭の中で整理する。

『蓮……お前はその言葉の通り、真っ向から疑いもなく信じるか?』

『『地獄に仏』……か』


 そこにあるのは……救済。


『『聖王』の身体的状態にあるという事……そしてそれが、今のこの状況に繋がっている……違いますか』


 閻魔天供。

 ……身代わり。


『身体的状態……それは死期が近い……もしくは……亡くなっている』


『姿はあれども意は示さず、意はあれども姿は見えず……意を示すは我にあり、我は存在を示す器に過ぎない』


『今一度、お訊ねする。泰山王の在は如何に』


 ……泰山王。


「……待ってくれ、奎迦……私には……その壇の配置は出来ない」

「その法を使えない訳ではないだろう」

「奎迦……何処まで私を」

「出来ないと言うならば、私が行うまで。その時、瑜伽……目を背けずにいられるか……?」

 神祇伯の言葉を遮って言う住職の、少し低めの声が強く響いた。

「……無量であるお前が……いくら死神といえども、その法を使えるなど戒に反する事だ」

「戒……? それは……どの処に於いての言葉かな? 神祇伯である上で、その言葉を口に出来るなら、自らが行えばいい。それは無論、呪ではなく、法を使ってだ」

「法なら……尚更無理だ。私は……」

「その手で魂を抜いたから、使う事など出来る訳がない、か……?」

「……ああ、そうだ」

「ですから、私が行くと言っているのですよ……瑜伽」

 住職の表情が……変わった。

「でなければ、見ての通りその檜扇は、その法力を使う事が出来ない」

 だから……大威徳明王の力を使っていたのか……。

 住職の穏やかな表情から、冷ややかにも見える真剣な表情。低く響く声が、厳しさを表していた。


 住職は、一度止めた足をまた踏み出した。

 そして、神祇伯に言葉を置いていく。

 神祇伯は、住職のその言葉に、ハッとした顔を見せていた。


「その時に抜いた魂のげ替えを元に戻すならば、中央に坐す本尊を一時的に『別尊』に変更して下さい、瑜伽……」

 続けられた住職の言葉。

 羽矢さんがクスリと笑う声が聞こえた。


 ……本尊……それは、彼らにとっては大日如来だ。それを一時的に別尊に変える……。

 柊がこの場に置いていった大日如来の像は、あの霊山に埋められていた、目を刳り抜かれた大日如来の像だ。

 回向が使おうとしている力は、大日如来の教令輪身である不動明王の力。

 それは当然、怨念に満ちた魂の執着を調伏する為だ。

 だが……その力が使えない。使えなければ、調伏など出来る訳もなく、その執着は消え去る事などないだろう。

 それはきっと、更なる怨念を生む事になる。執着を断たなければ、延々と続く事だろう。

 因を調伏して滅せれば……か。


 閻魔天供法。

 これを蓮が行うとするなら、泰山府君祭だ。

 魂の挿げ替えを元に戻すのを、呪ではなく、法で行うと住職は強調する。

 そして住職は、その為に別尊として、中央に坐す尊格を迎えに行こうとしている。


 冥府の番人『死神』

 当然それは……。

 黒衣がバサリと音を立てる。力強く地を踏む足。はっきりと響く声が答えを告げた。


「閻王に」


 下界に……閻王を……。

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