第2話 内証
「柊。ありがとう」
蓮の言葉に柊は微笑みを返すと、スッと消えた。
「……紫条……」
蓮の計らいに回向は、親和感情を抱いたようだった。
「ああ、礼なら座して貰ってから聞くぞ?」
蓮は、ニヤリと笑みを見せて、そう答えた。
「あのな……」
回向は、呆れた顔を見せる。
「はは。全力出さねえ訳にはいかないだろ?」
「本当にお前って……」
回向は、ふっと笑みを見せる。
「嫌な奴だな」
蓮も笑みを漏らして言葉を返す。
「お互い様だ」
互いに憎まれ口を叩いても、そこに信頼があると感じた。
「回向」
「ああ」
羽矢さんの呼び声に、回向は頷きを見せた。
羽矢さんは、本殿の前に立つと、魂を離すように手を広げる。
魂がふわりと羽矢さんの手元から離れ、その場に浮かぶと、回向は、神祇伯から渡された檜扇を開いた。
「
回向の言葉が流れ始めると、魂にポッと火があがった。それは、回向が火を点けたと言うより、魂自体から火が放たれたかのように見えた。
住職が人形を一つに集め、一つとなった魂だったが、魂に宿った火が散ると、無数の火の玉がゆらゆらと漂い始めた。
「
回向は、真言を唱えながら、火の玉へと向けて檜扇を振った。
だが、パチパチと小さく火花を散らしただけで、火の勢いがない。火を煽る風も逆に火を消してしまいそうだ。
「おい……親父……何を……した?」
回向は、檜扇を火の玉に向けたまま、神祇伯を振り向いた。
神祇伯は、回向の問いに答えない。
本殿の方を見ていた羽矢さんだったが、何か気になったのか振り向いた。
羽矢さんの視線に反応して、僕の視線も動く。
「……御住職」
僕の呟きに、蓮も振り向いた。
もうこの場を後にしたのかと思っていたが、拝殿の方を向いたまま、住職が立ち止まっている。
住職の様子に何かを感じ取った蓮が、羽矢さんと目線を合わせ、頷きを見せた。
そして、立ち止まったままの住職へと蓮が動く。
「御住職、俺が行きます」
……蓮……?
住職は、拝殿の方をじっと見つめたまま、蓮に答える。
「……御子息。
「ええ、理解に問題ありませんが……それでしたら法ではなく、俺が呪で行いますが」
「いえ……ここは法で行いましょう」
「……ですが……それは……御住職が行うのは……」
蓮は、僅かではあったが、住職の答えた言葉に戸惑ったようだった。
ゆっくりと蓮を振り向く住職は、にっこりと笑みを見せた。
「……御住職……」
蓮は、住職のその表情に、羽矢さんを重ねた事だろう。
困難であると分かっていながらも、大丈夫だと笑みを見せる。
その笑みの奥には、自身の力を信じろと強く伝えているのが見えるんだ。
「『死神』……その名を羽矢に与えてから、私は冥府に赴く事もなくなりましたが、ご存じの通り、務めを終えた訳ではありません。藤兼家のもう一つの顔……それは当然『秘密』を意味します」
「それは……承知していますが……」
蓮は、そう答えながら、困惑しているのか、羽矢さんへと視線を向けた。
閻魔天供法。
これには使う力は違っても、同じ結果を生み出すものを蓮は知っている。蓮は、それを閻魔天供とは言わない。
蓮の視線を受け止める羽矢さんが頷きを見せると、蓮は住職へと目線を戻した。
「分かりました。身代わり……だからですよね」
蓮の言葉に、住職は頷きを見せた。
蓮と住職の会話を、神祇伯は気にしている様子だった。体を前に向けながらも、横目に住職を見ている。
住職は、神祇伯のその目線に気づいている事だろう。
「瑜伽……壇の配置の変更を」
「壇の配置だと……奎迦。お前が何を……」
「中央に坐す方をお迎えに」
住職が……迎えって……。
住職の足が歩を踏み出すと、こう続けた。
「ここには……『賽の河原』がありますから、そこを使ってお迎えにあがりましょう」
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