第四章 法と呪

第1話 修法

 法を覚らせない為に、本来の姿を隠す……。


『大威徳明王。阿弥陀如来のもう一つの姿……それが関わっているという事だな?』


 調伏法。それは明王の力をもって行う。

 回向からしてみれば、明王は教令輪身であり、本来の姿……つまりは自性輪身がある。

 隠されていた自性が阿弥陀如来であるならば、その法力は大威徳明王だ。


『俺……無量なんで』

『無量であるが故……』

 阿弥陀如来の別名は、無量光仏。量り知れない光を持っている仏。

 羽矢さんと住職が本尊とするのは阿弥陀如来だ。

 奎迦住職でなければ開扉出来ない……そう蓮が言ったのも頷ける。

 浄界を処とする阿弥陀如来は、量り知れない程の光を遍く照らし、全ての者を救済する。

 だからこそ、調伏という荒々しい力を持つ明王の本来の姿を、見せたくないというのも理解は出来た。


 阿弥陀如来の教令輪身とされる大威徳明王の調伏法は強力だ。使う法によっては、怨敵となる相手を殺す事も可能である法力。

 秘術である事は当然だ。

 その秘術は、験者であった回向と神祇伯は知っている事だろう。

 ただ……秘術を知っているという事は、二人の力が強力である事と繋がる。法力を使う者の力量も伴わなければ、知る事も出来ないものだからだ。



「……摧魔さいま

 檜扇を手にした回向は、住職が口にした言葉を呟いた。

 そして、本殿を真っ直ぐに捉え、真顔になる。

 回向の隣に並ぶ羽矢さんは、手にしている魂に目を向けながら口を開いた。


「怨念……怨みを抱えた魂は、それこそ『執着』だ。その執着を滅しない限り、俺は導く事が出来ない。もしもこのまま導くとしたら、地獄行きは免れないだろう。回向……」

「……ああ、分かっている」

「執着を滅するという事は、その魂が果たしたかった怨みを抑え込む事になる。それは苦に値するだろう。足掻き始めるのは目に見えている。増長した怨念は、最強の法をもって滅しなければ、滅する前に怨みを買うぞ」

「……馬鹿言うな、羽矢……」

 回向は、檜扇を開き、笑みを見せ、言った。


「こっちも法力を増大にする事が出来るからな」


 回向の言葉に、神祇伯がふっと笑みを漏らした。


「だが……俺が使うのは……」

 そう言って回向は、檜扇を手にした手を高く上げる。

 衣の袖が下がって見える種子字。不動明王だ。

 蓮は、回向を見ながらクスリと笑みを漏らすと、口を開く。


「柊」


 蓮の呼び声に、柊が姿を現した。

「はい。蓮様……」

 柊が現れた事に、驚きを見せたのは神祇伯だった。

「……橋を……繋げたのか」

 蓮は、ニヤリと笑みを見せて答える。

「回向が泣いて頼むからな」

「泣いてねえよ!」

「そうだっけ?」

「紫条……お前……余計な事を言うんじゃねえ」

「俺を黙らせたいなら、全力を出す事だな?」

「うるせえ。分かってるって言ってんだろ」

「じゃあ、見せて貰うぞ。お前の全力……」

 蓮は、そう言って柊に目線を変える。

 蓮の目線に柊は、手を振り、衣の袖をそっと揺らした。


 光と光が重なって、辺りをより照らす。

 そして、その光の中に見えたのは……。


「……大日如来」

 僕は、その姿を目に捉えながら、そう呟いた。

 座したままの神祇伯。直視出来ないのだろう、そっと目を伏せた。膝に置かれた手がグッと握られる。


 それは霊山の中心に埋められていた仏の像だった。


 自らの手で、その目を刳り貫けと迫られたら……。


『私には、それが出来たんだよ』

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