第37話 摧魔

 隠されていたその姿は、痛ましくも傷だらけで、それでも放たれる光は大きく広がり、包み込むようだった。


 住職は経を唱え終わると、ゆっくりと神祇伯を振り向いた。

 神祇伯は、表情を和らげる事はなく、不快にも気難しい表情で、住職に目線を向ける事もなかった。

 絶対に開扉しないと口にしていただけに、その心境は複雑ではあるだろうが……。

 住職がゆっくりと立ち上がり、羽矢さんの元へ歩を進めた。

「羽矢」

 名を呼び、じっと羽矢さんの目を見る住職に、羽矢さんは答える。

「承知」

 立ち上がる羽矢さんと擦れ違う住職。擦れ違い様に、羽矢さんに言葉を置いていく。

 後は羽矢さんに任せるのだろう。

「一つでも漏らす事なく、導きなさい」

 住職は、僕たちに頭を下げると、その場を後にし始めた。

「無論」

 魂を手にしたまま羽矢さんは、阿弥陀如来の像へと歩を進める。

「……本堂で戻りを待っている」

 住職のその言葉に、歩を進めていた羽矢さんは、即座に住職を振り向いた。

 住職は、目線を合わせる事なく、羽矢さんと擦れ違っていく。


「……なんて顔してんだよ、羽矢」

 蓮は、呆れた顔を見せてそう言った。

 住職は、羽矢さんの言葉を待つ事もなく、歩を進めて行った。

「あー……蓮、お前、寺に寄るよな?」

「寄らねえよ。寝てねえんだぞ、見届けたら帰る」

「それはみんな同じだろ。だったら……」

「帰る」

「そう言うなよ、蓮。頼りにしてるって言っただろ」

「知らねえよ」

「お前、俺を守るって言ったじゃねえか」

「意味が違うだろ。いいから、早く始めろよ」

「お前……ジジイの説法、何時間続くと思ってんだよ……ああやってな、穏やかな顔見せても言ってる事、相当深く刺してくるからな?」

「自業自得だ。お前には馴染み深い言葉だろ。それに……」

 住職が僕たちを振り向いて、笑みを見せると丁寧に頭を下げた。


 ……聞こえてる……絶対。


「羽矢……お前、二度目だな?」

 蓮は、揶揄うように、ははっと笑った。

「俺……還俗しようかな……」

 そう言いながら羽矢さんは、回向へと目を向けた。

「その会話でなんで俺を見るんだよ? 馬鹿にしてんのか。そもそも俺は還俗してねえ」

「じゃあ、出来るよな?」

「なんだよ……羽矢……」

 羽矢さんは、回向から神祇伯へと目線を変えた。

 神祇伯は、その目線に気づきながらも、目を向ける事はなかった。

 ただ……。


「……これを使え」

 神祇伯は振り向かず、真っ直ぐに前を見たままだったが、檜扇を回向に渡すように向けた。

「……親父……」

 回向は、戸惑っているようだったが、羽矢さんに背中を押され、檜扇を手にした。

「ふ……口伝えに理解している絶対秘術、か」

 神祇伯はそう呟き、ふうっと息をつくと、蓮を振り向いた。

 蓮は、笑みを浮かべながら、また惚けるように小さく首を傾げた。

 神祇伯は、蓮のその仕草に、呆れたように静かに笑い、言葉を続ける。

「『死神』が手にする魂は、知っての通り、怨念そのものだ。燃やし尽くす前に、人形に封じ込めたその怨念を、死神が回収したといったところか、なあ……奎迦」

 住職が足を止める。

「……私は……その秘密を覚っただけの事。『無量』であるが故、その秘密は確かに見せる訳にはいかなっただろう。調伏法を使うにあたって、本来の姿を秘めるのは、法を覚らせない為でもあった……かな? その法は、怨念をくだき滅ぼす秘術……」

 住職は、ゆっくりと振り向くと、こう続けた。


摧魔さいま

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