第15話 所在

 当主様の言葉に、改めて状況を思い返した。

 確かに僕たちは、声を聞いただけで、その姿を捉える事はなかった。


 回向が当主様に答える。

「確かに総代の言う通りです。声は聞きましたが、姿は捉えられませんでした」

 当主様は、回向の言葉に小さく頷きを見せた。

 そして、何やら少し考えているような当主様に、蓮が口を開いた。


「全ては神の一部であり、神の存在無くしては何の存在も成り立たない……実存の根源、意を示すは『我』にある……父上……」

 蓮は、そっと目を伏せ、深呼吸を一度だけすると、当主様へと目線を戻して言った。


「止めないで欲しいと言った俺を、父上は本当に止めなかった……その言葉で、もう父上には伝わっていたと、俺は思っています。いえ……その言葉で俺は」

「その術を使うと決めていると、私に伝えたのだろう?」

 蓮の言葉に被せて、当主様はそう答えた。

「……父上」

「だから私はお前に答えたはずだ。私には」

「柊がいる……ですよね」

 今度は蓮が当主様の言葉に被せて答えた。

 だがそれは、当主様が自分を試していると、蓮には分かったからなのだろう。

「その言葉が合図であると気づきました」

 蓮の言葉に、高宮が笑みを漏らした。

 納得を示す笑み……同時に肩の荷が下りたようなホッとした笑みに思えた。


『奴の道案内は確かなようだ』


 敵対するように見せていた時の、高宮が言っていた言葉は……まるで予言だ。


 そして……閻王が言った言葉……。


『それぞれの身の置き場所を見直すといい』

 ……それぞれの……身の置き場所……。

 やはり……当主様は僕たちを引き合わせたんだ。


「……そうか」

 当主様は、静かに頷くと、閻王へと向いた。

「閻王。羽矢が言ったように、鬼籍は閻王の手にあるべきもの。その鬼籍……如何か」

 当主様の問いに、閻王の目が動く。

「……藤兼」

 閻王の目が羽矢さんで止まる。

 羽矢さんは、一歩前に出ると、ゆっくりと口を開いた。


「天部の神は護法神であり、仏法の守護を司る。眷属といえども、主となる神に従うはず……当然、僧侶である俺に敵意を向ける事などあり得ない事。無論、法を誹謗する事もあり得ない」


 羽矢さんの言葉を聞きながら、蓮がそっと目を伏せると、静かに笑みを漏らした。

 天より下りし宣託……。


『なあ、蓮。神籤を引くか?』


『躊躇う事なく矢所になってくれ』


 確証を得る為に……試した……。


 祀り方次第で護法善神にも祟り神にもなる。

 元々、あの山は神と仏が混在している場所だ。


 ……やはり……あれは祟り神。


「閻王……今一度、訊ねてよろしいか」

 そう言った羽矢さんの、真っ直ぐな目線を受ける閻王。

 声を返す事はなかったが、羽矢さんの目線を受け止める、重くも強い目が羽矢さんの言葉を待っているようだった。

 間を置きながら羽矢さんは、閻王が発言を許した事を悟ったようだった。

 閻王が答えず、羽矢さんの目線を受け止めるだけなのは、その返答を当主様に委ねたからなのだろう。


 閻王の意を悟ると、羽矢さんの目線が当主様へと向いた。


「総代……総代にもお訊ねしたい。陰陽師である総代ならご存じのはず……」


 羽矢さんの口が、ゆっくりと開く。


 発せられる羽矢さんの言葉。その言葉を告げる羽矢さんの目は、答えを逃さないと強い目を見せている。


 鼓動が大きく波を打った。

 ……ここに……繋がるなんて……。



「泰山王の在は如何に」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る