第16話 聖王
強い目を向けて、羽矢さんは問う。
「今一度、お訊ねする。泰山王の在は如何に」
間が……緊迫したように感じた。
それは核心に迫っているからなのだろう。
僕が閻王に初めて会った時、羽矢さんは閻王に確かに訊ねていた。
『閻王の裁きは三十五日目。それが最後の裁きというが、裁きは七日ごと……道が決まる四十九日までには
既に……浄界への道は断たれていた……。
だからこその地蔵菩薩。
地獄へと落ちた魂を救済する為に。
だが……。
魂は地獄から消えていた。
そして、高宮が言っていたあの言葉が、繋げるように頭の中で弾けていく。
『『地獄に仏』……先手を打ったようですが、責め苦を受ける前の魂が救済を求めるとは思えません。苦があるからこそ救いを求める訳ですからね。無念を抱えた魂が、本当に向かいたい場所は当然、下界でしょう? 怨みが晴らせるなら、報われるではないですか。例えそれで消滅しても、それこそが浄界へと向かったと言ってもいいくらいではないですか』
……体が……震えた。
進むべき道が既に決められていたと思わずにいられなかった。
僕は、震える手を伸ばし、蓮の腕を掴む。蓮はもう片方の手を、僕の震えを抑えるようにそっと置いた。
僕は、蓮の手の温度を感じながらも、当主様に目線を向けたまま、当主様の言葉を待った。
「……確かに」
そう言いながら当主様は、ふっと静かに笑みを見せると、ゆっくりと瞬きをした。
そして、再び開けた目に羽矢さんを捉え、問いに答えた。
「不在だ。だが、羽矢……お前は、泰山王が冥界に在か不在かではなく、何処におられるか……それが聞きたいのだろう? もう……察しはついているのではないか?」
当主様の返答を聞くと、羽矢さんは納得を示すように静かに頷き、口を開く。
「下界……ですね。それが総代が口に出来なかった本当の理由……それは」
羽矢さんは、少し間を置くと、こう答えた。
その言葉に、住職が言っていた言葉までもが重なった。
『的が違えば、それが総代の弱みとなる……守るが上について回る苦行とも言えるでしょう』
「『聖王』の身体的状態にあるという事……そしてそれが、今のこの状況に繋がっている……違いますか」
聖王……君主の事だ。
当主様のように君主に直接会う事など叶わない僕たちは、その人物像も勿論だが、多くを知らない。
当主様が仕えている国の主。
当主様が守らなければならない者。
聖王という呼び名にしたのも、当主様への配慮でもあるのだろう。聖王という名に、相応しいのかもしれないが……。
だから……反目という言葉が出たのか……。
『反目とは、どの界視点のお言葉かな』
確かに、冥界では起こり得ず、下界では、起こり得る事……。
閻王がふふっと笑みを漏らした。羽矢さんの洞察力に感心しているようだ。
満足そうにも笑みを見せる閻王は、当主様の反応に目線を移す。
当主様は、羽矢さんの言葉に頷いた。
「羽矢……お前の言う通りだ」
羽矢さんは、当主様が頷いた事で確信を得たようで、更にこう続けた。
「身体的状態……それは死期が近い……もしくは……」
羽矢さんの少し低い声が、はっきりと響いた。
「亡くなっている」
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