第11話 問答

 真っ赤に染まる地。

 黒く、深い闇が辺りを覆い、この界全てを覆い始めた。


 燃え上がる炎が明かりを示し、その炎がある事で目に映す事が出来るのが屈辱に感じた。

 光があれば闇は消える。

 明かりがあっても、消えない闇は、その明かりと共に全てを飲み込む。


「私に従わなければ、即刻、焼き殺す」


 羽矢さんへと向かう僕たちを阻む声。

 それでも無理にでも向かおうと、歩を進めた僕たちの足を止めるように地から炎が上がった。

 足を止めざるを得ない僕たちは、炎の向こう側で倒れたまま動かない羽矢さんを呼び続けた。

 その声にも反応を見せない羽矢さんに、不安と恐怖が増していく。


 ……どうすれば……。


 急変した状況に、見せつけられた力が大きい事に、既に支配されている。


『祟りの恐怖で崇めるだろうな』

 それが……現実になるなんて……。


「羽矢っ……!」

 回向が炎を飛び越えようと地を強く踏む。

「待て! 回向!」

 蓮が回向の腕を掴んだ瞬間、羽矢さんから炎が上がった。

「羽矢ーっっっ……!!」

 回向の叫び声が悲痛に響いた。


 ……従わなければ……即刻、焼き殺す。

 耳に残り続ける言葉が、体を縛った。


「もう一度言う。私に従わなければ、即刻、焼き殺す」


 大きく膨らんだ炎の向こう側から、重く低い声が返ってくる。

 羽矢さんの姿まで炎で見えない。

「……羽矢……」

 回向は、力ない声と共に、愕然と地に膝をついた。


「……蓮……蓮……」

 蓮に頼るしか出来ない僕は、蓮へと視線を向ける。

 蓮は、目線を僕に移す事なく、炎をじっと見据えていた。

 少しの間を置いて、蓮はゆっくりと口を開いた。


「……仕方ねえ。神式で埋葬してやる」

「紫条……!お前……!」

 蓮の言葉にカッとなった回向は、僕を押し退けて蓮に掴み掛かった。

「離せ」

 蓮は、全く動じる事なく、回向の手を振り解いた。

「紫条さん……それは……藤兼さんを神にするという事ですか……?」

 高宮の言葉に蓮は、口元を僅かに歪ませただけで答えなかった。

 ……蓮……何を……。

 不安は大きくなるばかりだった。

 蓮の足が半歩、前に動いた。

 同時に声が返ってくる。


「従えと言ったはずだ。もう後はないぞ」


 支配を強める脅迫。

 蓮は、クスリと笑みを漏らすと、炎に向かって口を開いた。


「ふん……誰の領域を侵したと思っている? 神といえども天は欲界だ。転生した上で落とされた界なんだよ。神であろうが寿命はあり、その寿命が尽きれば、また輪廻転生して地獄にも落ちる。説き伏せようとした、だ? 聞く耳を持たないから分からねえんだよ」


 蓮の言葉に回向は、何かに気づき、ハッとした顔を見せた。

「そうか……そういう事だったのか……」


「羽矢は言ったはずだ。唯除五逆ゆいじょごぎゃく 誹謗正法ひほうしょうぼう……」


 僕たちの前を阻んでいる炎が大きく揺らめいた。


「羽矢は、説き伏せようとなんかしてねえよ、始めからな。生きとし生けるもの全てを殺しても、地獄に落ちる事なない。だが……重ねたはずだ。人を殺す重い罪、この法を誹謗する者は除くってな?」


 炎が切り刻まれるように吹き飛んだ。

「羽矢っ……!」

「羽矢さんっ……!」

 回向と僕の声が同時に発せられた。


「ジジイが悲しむからな。蓮、俺はやっぱり仏式にするよ」

「ああ、そうだな」

 黒衣を纏った『死神』は、大鎌を手に笑っていた。


 鋭くも闇を見据えて、死神が笑う。


「さあ……今度は俺の領域だ。そうだな……『地獄巡り』っていうのはどうだ? 案内してやるよ」

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