第12話 秘術

「従わないという事か。ならば、焼き殺すまで」


 激しく火花が散り、爆発音を響かせて、炎が周りを囲い始めた。

「逃げ場を失う前に行くぞ」

 蓮に手を引かれ、木々を抜けて走り出した。

 羽矢さんたちが後を追う。

 山を下りて来た僕たちだったが、上へと向かっている。

 頂上に戻るのだろうか……。

「依。ついて来れるか」

「大丈夫です」

 登るペースが速い事に息が切れそうだったが、足手纏いになりたくはない。


「地獄の業火等しく、よく燃えてんな? 自ら地獄を作ったか?」

 羽矢さんの声に、蓮が後ろを振り向いた。

「隙あらば寝ようとするんじゃねえ、馬鹿羽矢。さっさと起きなければ、本気で神式で埋葬するところだったぞ、なあ? 神司」

「私に振らないで下さい……シャレにもなりませんよ」

「じゃあ、なんだよ? 手にしたその大麻おおぬさは? 準備万端じゃねえか」

 高宮に目線を移しながら、蓮はそう言って笑った。

 確かに蓮の言う通り、高宮の手には祭祀に使用する祭具が握られていた。

「そもそもあの状況で寝ますか? 祓う為に当然の祭具でしょう? 別におかしな事ではありませんよ」

「ああ、羽矢なら悪霊になっても納得だからか。そもそも死神だからな、しぶといぞ」

「そのようですね」

「お前らね……敵を見誤ってねえか?」

「言っただろーが。矢所になれってな」

「当たり過ぎだ、馬鹿やろう。本気で焼け死ぬところだったぞ。いいからさっさと火消しに走れよ」

「まあ、そうくなよ、羽矢」

「ふん……随分と余裕だな? 燃え尽くされるまでになんとかしろよ」

 羽矢さんと会話を続けていた蓮は、進む速度を落とした。

「俺かよ?」

「ああ、お前だよ」

「あ? 今度はお前の領域だって、自分で言ったじゃねえか。責任持てよ」

「その前にやる事があるだろ。お前って……本当に鬼だよな、蓮」

 蓮の足が止まり、皆の足も止まった。


「ふん……馬鹿言うな。そもそも鬼籍に名がなかったところで、ハッキリしていた事じゃねえか」

「まあな」

 蓮と羽矢さんの会話に、回向は呆気に取られていた。

「鬼籍に名がなかっただと……?」

 回向のこの様子……鬼籍に何も書かれていなかった原因は、回向じゃないのか……?

 驚きながら回向は、蓮と羽矢さんを交互に見ると、真顔でこう呟いた。


「お前らって……性格クソだよな。俺をダシに使いやがって」

 その言葉に蓮は、少し顔を引き攣らせながら回向に答える。

「回向……随分な言い方だが、お前も中々に等しいぞ。言われたくねえな。抜粋して使ってんじゃねえ。手を抜いてんのか? やるなら本気でやれよ、半俗」

「紫条……お前……言いたい放題言いやがって……! 手を抜いている訳ねえだろっ! 本気でやってるに決まってるだろーが!!」

「うるせえな。じゃあ、全文吐けよ。戒を守るつもりはないんだよな? 隠さなくちゃならない程、簡単に奪われちまうものなのか?」

「……紫条……お前……」

 蓮は、回向の目をじっと捉えて、ニヤリと笑みを見せる。


 頂上に辿り着き、炎が見下ろせる位置に立ったが、僕たちを焼き尽くすように炎が大きく広がってきていた。


「紫条……俺は……」

 蓮は、回向が何を思ったのかを分かっているのだろう。それは僕も気づいていた。

「回向……『秘密』なら、俺にもある。だがそれは、誰の前で見せようとも、決して奪われる事はないものだ。だから隠す必要はない。だが、それが何故、秘密となるのか……」


 蓮の目が鋭く変わった。燃え盛る炎をなぞるように指が動くと、無数の符が炎を追うように周り飛ぶ。


「理解出来る者しか理解させない危険なものだからだろう? 例えば……こんなふうに、な……?」


 そう言って蓮は、指を一点で止めると、そのまま下へと動かした。

 符が炎を押さえ付け、一気に下降し始める。

 蓮の声が冷ややかに流れた。


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