第8話 秘密

 門派を問わず、全ての神社、寺院に立ち入る事が出来る……。


 僕と蓮の前に、羽矢さんが立ち、その隣に回向が並んだ。

 僕は、前に立った回向の背中を見つめた。


 多を有して一を成す。


 僕の目が羽矢さんの背中へと移る。


 互いに作用し……調和を保つ。


『経典が何冊あると思っている』


『そもそも俺は『無量』だから』


 如来無尽の大悲をもって、三界さんがい矜哀こうあいす。


「……蓮は……分かっていたんですか……?」

「俺が分かっていたんじゃない。羽矢が分かっていたんだ」

「……そうでしたね」

「分かっていたから、使ったんだろう」

「真言……慈救呪の事……ですよね。正直、驚きました。そこまで突き詰めていたのかと」

「ああ、そうだな……」

「……はい」

「本来ならば、羽矢が真言を唱える事はない。真言を使うのは回向の方だろう」

設害三界一切有情せっかいさんかいいっせいゆうせい不堕悪趣ふだあくしゅ……それもですよね」

「まあな……住職も言っていたように、父上には父上の考えがある……羽矢に託したのも理解出来るよ。漢音で読むその経は、簡単には理解出来ない。簡単に理解出来ないようにしてあるんだよ。それだけに秘密が多いとも言えるだろう」

「そうですね……」

「ああ。冥府自体が神仏混淆……」

 蓮はそう口にしながら、高宮へと視線を向けると、蓮の言葉に重ねるように、高宮が口を開いた。


「加えて紫条家は、神仏混淆を残す『処』……繋がらないはずがありません。元より神世。その思想は神道においても同じ事です。神仏分離で神と仏を分けようとも、神社と名を変えた寺院は、権現を神と祀り、仏を隠す……それでも権現を良しとはせず、権現禁止の令まで下ると、表にする神は国津神、天津神も置かれ、天も地も元より神世……神が天と地を創り、国が生まれたとする国生みの思想です。本地垂迹を唱え、その中に国津神や天津神が置かれる事も、神仏混淆である事を主張するものでもあり、神仏分離を免れる為でもあったのでしょう。ですが、神仏分離が行われても、混ざり合ってくるものは怨霊信仰です。切り離せはしません」


「神を主とするならば、その宣託は天にある。なあ、蓮、『神籤』を引くか?」


 羽矢さんが後ろにいる僕たちを振り向き、そう言葉を挟むと、ニヤリと笑みを見せた。

「好きにしろ」

 蓮は、呆れたように溜息をついたが、後に笑みを漏らした。その笑みは羽矢さんを信頼しているという証だ。

 羽矢さんの隣に立つ回向は、振り向く事なく、天を見上げたまま、羽矢さんの言葉の後を続けるように答える。


「人神は神号を与えられて神となる。例えば『天神』とか、な。そしてその神は、仏の道を守る神……護法善神に加えられる。明王もその一つだ。人神は、神号を与えられ、天神地祇てんじんちぎと結びつく事で神号が確立し、神となる。だが、祟り神にする事も可能なものだ。そもそもが人神は、怨念の強さにある。その怨念の強さと結び付ける神は、当然、怨念の強さに匹敵する神が必然だ。だから……」


 錫杖を持つ回向の手が天へと向くと、羽矢さんは数珠を持つ手に力を込めた。


「天より与えられる神号……その宣託を乞う祭文を、俺が変える」


 はっきりとした口調で言った回向に、蓮が答える。


「ああ。だから行けよ。俺の領域だ。好きに使え」

「紫条……」

「……」

 回向の目線を、無言で受ける蓮。

「なんだよ?」

 言葉の返りがない事に、回向は顔を顰めた。

「お前……羽矢にそっくりだな」

「俺が……羽矢と? は……何を……」

「それとも……合わせているのか?」

「馬鹿な……なんで俺が……」

「お前も簡単に気を許すじゃないか。だが……」

 蓮は、少し不快な顔を見せる回向に、揶揄うようにも笑いながらこう言った。


「お前の目も、確かなようだな?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る