第7話 護法

 神世……神が存在するという場所。


「元より神世……か。そうだな……」

 蓮の肩に手を置いたまま、羽矢さんはそう呟き、クスリと笑みを漏らした。

 そんな羽矢さんに目を向ける蓮は、眉を顰める。

「なんだよ? 羽矢。俺は、お前との約束を忘れていないぞ」

「神の道を行けってやつか?」

 唇の端を歪ませて、ニヤリと笑みを見せる羽矢さんに、蓮は呆れたように溜息をついた。

「まあ、そんな顔するなよ、蓮。こうじゃなくちゃ、始まらないんだからな」

「ふん……お前の領域と領域の間には境界があるからな。その境界を俺が繋げればいいって訳だろ」

「まあな。総代が言っていただろ? だからお前にとって俺は、なくてはならない存在だってな?」

 羽矢さんはそう言って、蓮の反応を楽しむかのように笑った。

 蓮は、また呆れたように溜息をついた。

「なんか言葉がおかしくねえか? 解釈の仕方が粗いんだよ。お前が、とは言っていなかったぞ」

「同じだろ。藤兼家は、俺とジジイしかいねえんだし、そもそも俺がその名を受け継いでいるんだからな?」

「じゃあ、羽矢。お前限定にするなら、お前は俺の存在をありがたく思え」

「蓮……お前ね……そう言うならそうだな……」

 羽矢さんは、笑みを浮かべた表情のまま、数珠を手に握った。


「その言葉通りのまま、守ってくれよ、蓮」

「当然だ。その為に道を繋げたんだからな」

「蓮……頼りにしている」

「……お前は、お前らしく奔放に進めばいい、羽矢」

「珍しく友好的だな? どうしたんだ?」

「はは。お前が前を走ってくれないと、守るもんが出来ねえだろ」

「成程。それもそうだな」

「当然、そうだろ。だから躊躇う事なく矢所やどころになってくれ」

 蓮の言葉に羽矢さんは、蓮を軽く睨む。

「あのな……なんで当たり的なんだよ? どっちかって言うと俺はな……」


「矢を射るのであれば、先に射るのは甲矢はやですから、ここはやはり藤兼さんでしょうね」


 蓮と羽矢さんの会話を割って、高宮が笑みを交えながらそう言った。

 羽矢さんは、珍しくも少し困惑したような顔を見せて答える。

「高宮……弓を引くならお前の方が得意なんじゃないのか。神事で使う事もあったんだろ」

「さあ……どうでしょうか。得意かどうかはさて置き、甲矢と乙矢おとや一手ひとてですので……」

 高宮の目線が意味ありげに、回向へと向いた。


「羽矢。お前の後は俺が行く」


 回向は、そう答えて羽矢さんの直ぐ隣に立った。


 一手……対、か。

「どうした? 依」

 羽矢さんと回向を見る僕に蓮が気づく。

「いえ……」


一即一切いちそくいっさい。多を有して一を成す』

相即相入そうそくそうにゅう互いに作用し、調和を保つ』

『尽きず、滅びず』

『如来無尽の大悲をもって、三界さんがい矜哀こうあいす』


 羽矢さんと回向が重ね合った言葉を思い浮かべる僕は、笑みが漏れた。


「皆様……よろしいでしょうか。流様がお待ちです」

 天から柊の声が舞い降りた。

 僕たちの目線が一斉に上へと向く。

 ……当主様が……。

 当主様の言葉が、結び付いたように感じた。

『互いに進む道を守る事が出来れば、突きつける事の出来る答えとなる。お前たちなら分かるだろう』


 僕は、柊をじっと見つめた。


『わたくしも同じ……鬼神ですから』


 神仏混淆を残す紫条家。

 神は仏の化身……。

 目覚めた依代は守護を示す。


 僕の視線に気づく柊は、クスリと笑みを漏らした。


 ……護法善神だ。

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