第三章 天と地

第1話 天女

『全ての界より誘しでる。神という名を持って降り立つ式神。その境界を繋げている橋……』



 舞い上がった葉が陽の光と同化して、一つになった。

 だが……舞い降りるべくして地へと戻り、その姿を再び現す。



「流石は総代。粋な事をして下さる……」

 空を見上げながら羽矢さんは、そう言ってクスリと笑った。

「それとも蓮、お前の計らいか?」

「そんな訳……ねえ……だろ……」

 蓮の思いを探るような目線を羽矢さんは蓮に向けたが、蓮はそう呟きながら真顔のまま空を仰いでいた。

 僕は、蓮の目線と重ねるように、一点を見つめる。

「あ……」

 驚きを隠せず、僕は思わず声を漏らした。

 目を奪われる程の、美しくも神秘的な光景に……。


 瞬きさえ、忘れるくらいだった。

 眩しくて目を細めても、その姿を捉え続ける……見失う事のないように。

 身に纏う衣がひらひらと、空に広がるように揺れている。

 まるで……天女……だ……。


 空を仰ぐ目線が、次第に下がる。

 ふわりと緩やかに、柔らかくも纏う風が、その長い髪を揺らして地に降り立った。

 ……どうして……ここに……。


「お迎えにあがりました……蓮様」

 この界で、最も大きな光をもたらす存在が、姿を変えて僕たちの前に現れたように感じた。

 うっすらと笑みを浮かべて蓮を見つめる天女は、こんなにも近くにいたんだ……。


「……柊」

 無表情ではあったが、蓮も多少、驚いているのだろう。

 その名を呟くと、辺りを見回した。

「迎えに来た……って……」

 蓮のその様子に柊は、クスリと静かに笑みを漏らした。

「流様はここにはおりません」

「じゃあ……なんでお前だけが……父上の元を離れていいのか?」

 蓮の問いに柊は、ゆっくりと瞬きをすると、クスリと笑みを漏らして答える。

「わたくしは、いつでも流様のお側におります。どのような時でも、流様がお呼びとあらば直ぐに流様のお側に」

「……成程」

 蓮の表情が緩んだ。

「それが……『橋』という訳か」

 蓮の言葉に、柊は言葉を返すようにゆっくりと瞬きをすると、蓮をじっと見つめて笑みを見せる。

「お通りになられますか……? 蓮様」

 蓮の心情を覗き込むような目を見せる柊に、蓮はふっと笑みを返すと空を仰いだ。


「うーん……そうだな……」

 蓮は、迷っているのか、空を見上げながらそう答えると、回向が蓮へと近づき、高宮も並んだ。

 蓮は、背後に立った回向と高宮に気づいてはいるようだったが、特に気にする事はなかった。

 回向にしても高宮も、当主様だけが通る事が出来るその橋に近づきたかったのは明らかな事だ。

 ここで蓮が当主様の式神である柊に答えれば、その目的は叶う事だろう。

 だが……。

 僕は、柊へと目線を向けた。柊は、蓮の返事をじっと待っている。

 その橋を通る事を僕たちが許されるのは、本当にいいのだろうか……。

 だけど……柊がそう言うのも、当主様の意向であるからなのだろう。

 そして……羽矢さん……。

 僕の目線が羽矢さんに向くと、羽矢さんは僕の目線に気づき、目を合わせると笑みを見せた。


 ……柊がここに来ると……分かっていたんだ。


 大霊山の頂上に依代はない。

 だけど……この山全てに光を落とす存在が、頂上よりも上にある。

 この下界において、最も高い位置から、全ての闇を晴らすその存在が……。


「その前に一つ……はっきりさせておこうか、柊」

 蓮はまた、ふっと笑みを見せると、柊へと目線を向け、こう言葉を続けた。

 柊は、蓮の言葉を笑みを見せながら聞いていた。


「見えない姿の中にある、見えない姿……ね。柊。お前の本来の姿は、大日孁貴神おおひるめのむちのかみ……仏の姿なら大日如来……か」

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