第34話 不二
羽矢さんが見せる真剣な目に、回向はふっと静かに笑みを漏らした。
「そうだな……羽矢。お前の言ったように、俺は多少、意味を履き違えていたのかもしれない。それは……お前に対しての事ではあるが」
回向はそう言うと、そっと目を伏せ、再度、口を開くと同時に、羽矢さんに目線を戻した。
「お前は他力に頼る事に重きを置いていない。多方向に目線を置いても、お前が本当に見ているものは、どんな時でもたった一つだけだ」
回向の言葉に羽矢さんの表情が、穏やかに緩む。
そして羽矢さんは、回向に仏の像を手渡した。
「……羽矢」
少しの躊躇いを回向は見せていたが、羽矢さんは回向の手を押さえるようにグッと手を添えた。
「回向……これは、お前にとって最も『主』とするものだろう。確かにお前が言ったように、俺とお前の終着点は違うのだろう。だがそれは、時の長短であって、そこに掲げているものは同じであるはずだ」
羽矢さんの言葉に、回向は苦笑を漏らしたが、静かに頷いた。
「ああ……そうだな」
回向の言葉に、羽矢さんは笑みを見せて静かに呟いた。
「だが……羽矢」
呟くように口を開いた回向の声は低く、その声の色が重さを与えた。
「冥府の番人、藤兼 羽矢…… 一つ問う」
それは、高宮も言っていた事でもあったが、相対するものがあってこそ事象が成り立つ。
逆に言えば、相対するものがなければ、何も起きる事はない。
苦があるからこそ救いを求める。これは対であり、互いに実体がなければ、どちらも存在する事はないという事だ。
「本当の地獄は何処にある……?」
回向の声が流れた後、ザアッと風が木々を揺らして吹き抜けた。
葉がカサカサと音を立て、パラリパラリと葉が落ちる。
全ての事象には原因があって、原因があるからこそ結果がある。
……そう告げているようにも思えた。
風が吹き抜ける事がなかったら、まだ青葉の葉が落ちる事はなかった……。そこに力が加えられなければ、と。
そしてその力に実体がなければ、葉を落とす事など出来はしない。
葉を落とす……力、か……。
吹き抜ける風、葉が落ちる音に閻王の声が重なるようだった。
『何処か別な処が冥府にでもなったかのようだな。鬼まで消えている』
風が葉を運んでいく。その行き先を僕は目で追った。
煽られ、上へと向かう葉。圧を受けて下へと落ちていく葉。
この山を回るように吹き抜けていく風が、運んでいく葉の落ちゆく先……それは、ここに眠る依代へと向かっているようだった。
羽矢さんの言葉を待つ回向の目は、この界が本当の地獄であると伝えているようだった。
そんな回向の思いに気づきながらも、羽矢さんの表情は穏やかで、風に運ばれる葉を手で追い、指先で取る。
「それなら話は簡潔にしよう」
そして、その葉を顔の前に運ぶと、クスリと笑みを漏らして言葉を続けた。
「救済に向かうまでだ」
はっきりとした口調でそう告げた羽矢さんの手から、蓮が葉をそっと奪う。
蓮は、その葉を見つめ、ふっと笑みを見せると空へと向かって投げた。
同時に風が吹き抜け、葉を高く、高く舞い上がらせる。
「光があれば闇は消える……その為の依代だろう」
その葉が、眩しく降り注ぐ陽の光に照らされ、光と同化したように見えなくなっていくのを、蓮のその言葉を聞きながら眺めていた。
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