第18話 神体

「勿論、知っている。改称だ」

「はは。流石は総代の御子息様」

「ふん……うちはその典型だからな。社の他に仏の像が置かれている堂が幾つもあっても、大きく表に出ている名は『神社』だ」

「ああ、そうだな。寺を神社と名を改め、本尊ではなく祭神を祀る……か」

「だが、それは権現だ」

「本地垂迹で付会している垂迹神は国津神くにつかみもあるだろ」

「まあ……そうではあるが……付会される垂迹神は、神社によっても違うだろうが、本質が似ているものを合わせるからな」

「そうだな。それでも垂迹神が前に出る事は、反本地垂迹……奴が言いたい神が主で仏が従になるんだろ。そして、もう一つ……」

「『人神』だろう?」

「ああ、そうだ」

「『天神』……羽矢。お前は既に天神だと気づいていたんだよな」

「まあ……そうだな。お前たちが霊魂があるって言っていただろ。それに……鬼籍から直ぐに名が消えたのは、死して直ぐの事だと言える。葬儀と同日に初七日法要を行うが、初七日は秦広王しんこうおう……正体は不動明王だ」

「成程な。流石は冥府の番人だ」

「当然だろ」

「はは。だからお前にしか頼めないと言ったんだよ」

「まあ……それよりも」

「……分かってるよ……」

 蓮が気鬱そうな溜息を漏らした。

「なんかさ……」

「羽矢……お前、それ以上、言うなよ」

「えー……」

「言うんじゃねえ」

「だって、そうなっているだろー……」

 少し肩を落としながら羽矢さんは、そう答えた。

「気づいてんなら、尚更言うな」

「いやいや、俺、正直者だし」

 羽矢さんは、今度は真逆に、にっこりと笑みを見せる。

「自分で言うな。お前はただの奔放だろう」

 蓮は、呆れた顔を見せると、溜息をついた。

「蓮、お前だって、分かってるって言っただろーが」

「だからといって、認めるかよ」

「結局、お前も似たようなもんじゃねえか?」

 羽矢さんは、仕返しとばかりに、蓮を揶揄うように笑う。

「何がだよ? 誰がだよ? 何に対して言ってんだよ?」

 蓮と羽矢さんが、微妙な表情で目線を合わせている中、僕は、つい口を開いてしまった。


「なんだか……僕たちが協力しているみたいですね」


「……依。お前が言ってしまったか……」

 そう言って、羽矢さんは苦笑した。

「羽矢に言われるよりこたえる……」

 肩を落とす蓮に、僕は焦る。

「あ……すみません……つい……」

「いいよ……俺もそんな気がしてきていたし……だが、俺は認めたくはない……」

「蓮……あの……僕はそんなつもりでは……その……なくて……あの……」

 ……ああ……失言だった。


 僕たちの会話を聞いてか、クスクスと笑う声に、目線が動く。

「お話は終わりましたか」

 蓮と羽矢さんの話は、やはり聞こえていたのだろう。蓮と羽矢さんにしても、聞かせているようではあったが。

 僕たちを振り向く高宮は、満足そうにも笑みを見せていた。

 高宮が足を止めたその先には、大きな岩があった。

「藤兼さんは、既にご存じだったでしょうけど」

「まあな」

 高宮は、僕たちをいざなうように、手を前に差し出した。

「どうぞ、お進み下さい」

 高宮の声に、羽矢さんが先に行く。蓮が僕の背中をそっと押し、僕は羽矢さんの後についた。

 だけど蓮は、僕の後をついて来なかった。

「高宮。お前が俺の前を歩け」

「警戒心がお強いようで。私は何もしませんよ……ただ……」

 笑みを含めた高宮の口調。続ける言葉は、そこに人がいると教えている。


「『彼』がどうかは知りませんけどね」


 岩の上に座る人の姿が見える。掬うように伸ばしている片手には、うっすらと光を放つ白い玉が浮かんでいた。

 大きな岩を見上げる僕たちとは逆に、僕たちを見下ろす彼は、静かに口を開いた。


「ここは神域……社殿の必要はない。必要なのは依代と……」


 この男は……。


「そこに宿らせる魂だけ」

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