第17話 改称
「僧侶は還俗して、神職者になっているだろうからな」
羽矢さんのその言葉に、目を伏せた高宮の口元には笑みが見えていた。
羽矢さんは真顔のまま、表情を変えずに高宮を見ていた。高宮は、羽矢さんの視線に気づいているだろう。だから尚、高宮のその表情は意味ありげに見えた。
「……分かりました」
高宮は、少し間を置いて、否定も肯定もせずにそう答えると、伏せた目を上げ、僕たちを見ると言葉を続ける。
「協力するとお答えした以上、お話をしない訳にはいきませんね。では、ついて来て頂けますか」
歩を進め始める高宮だったが、僕はやはり警戒してしまう。
だけど、羽矢さんは躊躇う事もなく、高宮の後をついて行った。
「依。行こう」
蓮の手が僕の背中を支えるように、そっと置かれる。
「はい」
僕と蓮も歩を進め、羽矢さんと肩を並べた。
「……どう思う、蓮」
羽矢さんは、高宮の後ろ姿を見ながら、呟くように蓮に聞いた。
高宮が行く道は、羽矢さんが来た方向からだった。
羽矢さんは、既に分かっているんだ……。
それはきっと、一人でこの山に来た時から気づいていた事だろう。
ああ、だけど……。
当主様が羽矢さんのところに、地蔵菩薩を移した時からだ。
だから、あの言葉が羽矢さんの口から出たんだと改めて思った。
『門を開けた時から分かっていた事だ』
『俺はお前の為だと思ってって……』
廃仏毀釈で僧侶は還俗。
神が主で仏が従……か。
確かにあの時、高宮はその言葉を言っていた。
『そもそも、神仏混淆というものは仏の道から神の道を解釈したものであり、両部神道の理論です。仏が主で、神が従……それが本地垂迹ではないですか。ですが、神が主で仏が従、反本地垂迹が神道の優位を示し、その思想に傾いた結果が廃仏毀釈なのではないですか?』
神と仏、神社と寺院の境界が曖昧である事に対し、はっきりと分ける為に分離が行われたが、神道が優位になる事は根底にあったんだ。
それは……国家神道……。
「羽矢……お前、根拠もなしに言った訳じゃねえんだろ?」
「勿論だ。だが……」
「なんだ?」
「神と仏を同一視する神仏混淆、この場所に限らず、神と仏をはっきりと分ける為にも、寺院の数は徹底的に調べ上げられたんだ」
「ああ。廃仏毀釈は僧侶に還俗を迫り、神職者にならざるを得なかった……そうだろ」
「まあな」
羽矢さんは、高宮の背中をじっと見たまま、蓮と会話を続ける。
「蓮……分離に至っては当然、仏の像が置かれている神社からも、仏の像は運び出された訳だが……」
「阿弥陀如来もって事……か」
「そうだ」
「……成程な。そういう訳か」
「ああ。そういう訳だ。本地垂迹での垂迹神……それが表に立つって訳だ」
「反本地垂迹……それも手立てにはなる、か……」
「そうだな。高宮 右京……奴を信用している訳ではないが、奴の道案内は確かなようだ。まあ……奴の動きに目を離せはしないがな」
羽矢さんは、ふうっと長く息をつくと、高宮の行く道先を真っ直ぐに見ながら、蓮に聞いた。
「なあ、蓮。それでも仏堂を残し、分離をなんとか乗り越えようとした方法……知っているか?」
蓮は、羽矢さんの言葉に直ぐに答える。
「ああ、勿論、知っている」
蓮は、高宮が足を止めた道の先に目線を向けて答えた。
「改称だ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます