第16話 還俗

「後悔しないで下さいね……?」

 高宮は、そう言ってクスリと笑った。

「心配するな。後悔する程、お前を信用している訳じゃない」

 高宮の強気な態度に、蓮は蓮で、そう言って鼻で笑う。

「そうですか。それなら安心ですね。私が何をしようとも、裏切りにもならない訳ですから」

「ああ。俺がお前を捨て駒にしたとしても、な?」

「それはお互い様ですよ」

 見えないながらも火花が散っているような、目線の合わせ方だった。

 蓮に向けられる高宮の目が、呪いでも掛けるかのように強く向く事に、僕は間に入る。


「呪殺は……その者が悪であるなら、その願いは善になる……そう言いましたよね。それは……廃仏毀釈を行った神職者が、国の中にいるからですか。だからあなたはその神職者たちを……だから……神殺しを……だけど……何故ですか」

「何故……とは?」

 僕をじっと見つめる高宮に、僕は言った。

「神仏分離は神道を推し進めるもの……神の道を選んだあなたなら、憎む事などないではないですか」

「憎む……? 私が何を憎んでいるというのです?」

「あなたは……どうして……」

 僕は、言葉を続けようとしたが、高宮の僕を見る目があまりにも真っ直ぐな事に、疑問を投げ掛ける事は無駄だと思った。


「蓮が僕に対して使った術が公平でなく、悪だと言うのなら……僕は、その罪を共に背負うと決めています。それが許せないというあなたの持つものが善なら、あなたの善で僕を裁けばいい。それが、あなたが言ったように、僕を殺す事になったとしても」


 僕の言葉にも高宮の表情は変わる事なく、不敵にも笑みを見せていた。

「依」

 蓮は、高宮から遠ざけようと僕の腕を引いた。

 だけど、僕は言葉を止めなかった。

 その思いは蓮に伝わった事だろう。

 僕の決意は、羽矢さんにも届いていたようだ。

 真剣な眼差しを僕へと向ける羽矢さんに、僕は笑みを見せると言葉を続けた。


「その後の事は、藤兼 羽矢が僕を導き、閻王が正しい裁きを行なってくれるでしょう。その時が僕の本当の裁きの時です」


 強く向ける僕の目線を受け止める高宮は、笑みをたたえながら僕に答える。

「あなたは……やはりその道を選ばれるのですね」

 この目……。

 僅かに滲み出る、寂しげにも見える目を、冷酷な感情で蓋をする。

 そもそも高宮は、当主様に協力を求めていた。

 だけど……。

『紫条 蓮さん……お父上は協力を拒んでいるようですね』

 あの言い方は、高宮が直接、協力を求めた訳じゃない。

 やはり、気になるところは宮寺だ。

 神仏が分かれた今、神社を管理する寺などあるはずが……。

 本当に存在していたとしてもそれは……。

 羽矢さんにしてもそう思う事は同じだろう。僕は、羽矢さんへと目を向けた。


 ……羽矢さん。

 高宮をじっと見ている羽矢さんの目が気になった。

 そして、その疑問が羽矢さんの口から出た。


「お前に手を貸す宮寺……それは建物としては存在していないだろう。それに僧侶は還俗げんぞくして……」


 羽矢さんの言葉に僕は、ハッとする。

 還俗……。僧侶である事を捨て……俗人となる。

 だけど……そうだ……だから……。

 僕の頭の中に巡る言葉と、羽矢さんが続ける言葉が重なる。


 高宮の目が羽矢さんに動いたが、高宮は直ぐに目を逸らすと目を伏せ、羽矢さんの言葉を聞きながら、静かに笑みを漏らした。


「神職者になっているだろうからな」

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