第15話 真偽

「お前が俺たちに協力しろ」

 そう言った蓮を高宮は、じっと見つめながら口を開いた。


「あなたたちに……協力? 私がですか?」


 驚いた表情も見せず、冷静な態度で高宮は答えた。ゆっくりと瞬きをする仕草が、冷ややかさを訴える。

 蓮も羽矢さんも高宮の僅かな感情の動きを逃さない為か、高宮から目線を動かす事はなかった。


 蓮と羽矢さんの考え方は同じだ。

 普通なら敵対しているはずの相手と、協力体制を結ぶなど驚く事ではあるが、蓮と羽矢さんがそう考えた事も理解は出来る。

 神仏分離が進み、神の道と仏の道は、はっきりと分かれた。

 仏が主で神が従とされていた事の不満が、廃仏毀釈に拍車をかけたが、仏教が入ってくる以前から、神の信仰は元々存在していたものだ。その信仰は、人々の生活の中から始まり、それは祖霊崇拝や氏神信仰だった。

 仏の道が開かれ、神は仏の化身だと本地垂迹を置いても、神仏分離が進んだ事で、神の道は独自の思想を構え、信仰対象の神は仏の化身という思想からは離れていったのが殆どだった。

 だから……尚更、引っ掛かる。


 僕が抱えている疑問を、蓮が口にする。

「納得がいかねえんだよ。魂を奪う為とはいえ、河原に入る事の出来たお前が、何故、魂を奪う為に冥府と黄泉を繋げる必要がある? お前に従う宮寺があるなら、それだけで十分可能じゃなかったのか。あの神社の神木から黄泉比良坂よもつひらさかを抜けて、辿り着いたのは黄泉……そしてそこから俺たちはここに来た。だが……お前がこの場所を知っていたなら、ここには元々、人神があるって事は知っていただろう」

 蓮の言葉に高宮は、口元だけで静かに笑みを見せると口を開く。

「私の真意を……見通したとでも?」

「『道案内』は、確かに十分だったな」

 真意を語る事のない高宮に、蓮はそう言った。

 蓮を見つめたまま、高宮は口を噤んだ。

 だが、おそらく高宮にとって、蓮の提案は都合がいいはず……。

 返事をしない高宮に、羽矢さんが話を始めた。


「お前も依と同じに見たんだよな。廃仏毀釈された時を……な」

 羽矢さんの言葉に、高宮の目が一瞬だけ鋭さを見せた。

 その目を羽矢さんが見逃すはずもなく、そこに高宮の真意があると見ているのだろう。羽矢さんの言葉が続いた。


「経典は焼き払われ、数々の仏の像は投げ出されただけでなく、仏の顔を目掛けて槍を突いて砕き、的にして矢を放ち、火を放った。あまりにも酷い出来事だ」


 ……目を背ける訳じゃない。

 ただ……今も目の前に燃え上がる炎が見えるようで、体が震えた。

 破壊され、焼き払われた仏の像に経典……廃仏毀釈を行った神職者の笑う声まで聞こえるようだ。

 僕を支える蓮の手にも、僕の体の震えが伝わっている事だろう。

「……大丈夫か、依」

「大丈夫です、蓮……そこから始まっていた事だと……分かっていますから。逃げる訳にはいきません」

「……ああ。お前は必ず俺が守る」

「……どんな事があろうとも……僕は蓮について行きます」

「ああ……そうしてくれ」

「はい」


 羽矢さんの話を高宮は聞くだけで、答えはしなかった。


「お前……俺に協力を求めると言っていなかったか? だからお前が俺たちに協力しろ」

「ふふ……その言い方は流石に呆れますね。私があなた方に協力……ですか」

 高宮は、そっと目を伏せた後、目線を僕へと動かした。

「いいでしょう。ですが……」


 言いながら高宮は、目線を蓮へと戻し、言葉を続けた。


「殺すかもしれませんよ。それでもよろしいのなら……ね」

 高宮の真意はまだ分からない。

 それでも……。


「出来ねえよ、お前には。俺がいる限り……な」


 何にも恐れを見せない強さ。

 堂々とした態度を見せて。

 蓮は笑う。

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