第13話 六外

「祓えると言うのなら、祓って頂きましょう。紫条 蓮」


「高宮……お前……」

「それとも……鎮めて祀りますか?」

「……ふざけるな」


 込み上げてくる悔しさが憎しみまで呼ぶようで、抑えようとすればする程、苦しさに襲われ、蓮の腕の中で僕はもがき始めた。

 いっその事、この苦しさを吐き出してしまえば楽になるのだろう。そう思う部分もあったが、それはダメだと引き留める思いもあった。

 きっと、楽になる分だけ正気を失う。

「依……!」

 暴れるように動く僕だったが、蓮は僕を抱き締め続ける。

 あまりにも僕が暴れる事に、羽矢さんが駆けつけた。


「そちらにばかり気を取られていない方がいいですよ。言ったではないですか……」

「蓮っ……!」

 羽矢さんの声が響くと同時に、立ち上った光が空でバチッと弾けた。

 火花のように散った光が、辺りに降り落ちた。


「正体を隠した化身と眷属は……どの界にもいる……と。当然、それはこの下界もですよ」


 降り落ちた光が姿を現すと同時に、強い風にドンッと押された。

 吹き荒れる風に、空を這う稲光。

 バリバリと轟音を響かせる雷鳴が、地まで震わせた。

 土埃が舞い、視界を霞ませる。

 僕を襲う苦しみは、どんどん膨らんでいくようで、苦しさから逃れようとすればする程、全身の感覚が遠くなっていくようだった。

 今の状況がどうなっているのかは、ぼんやりとしながらも、追い詰められていると頭の何処かで気づいていた。


 鬼神に……囲まれている。


「祓えないのなら手放して下さい、紫条 蓮。私が……仕えますから」

「……言っただろーが……お前にだけは絶対に渡さないと」

 近くにいるはずの蓮の声が遠くに聞こえる。僕を掴む蓮の手の感覚も分からなくなり、目に映るもの全てが色褪せて、薄れていくようだった。

 ただ……苦しみを吐き出す自分の声だけが、はっきりと聞こえている。

 段々と力が抜けていく……僕の呼吸が浅くなる。

「依」

 羽矢さんの声に、息も絶え絶えに虚ろにも開けた目。羽矢さんの指が僕へと向いている。


 ……羽矢さん……何を……。


 蓮が僕を抱き締め続け、羽矢さんの指が僕の目元、耳元、鼻、口元、体に頭にとそっと触れながら、言葉を発し始めた。


しき、視覚に置き、しょう、聴覚に置き、こう、嗅覚に置き、、味覚に置き、そく、触覚に置き、ほう、知覚概念全てに置く」


 羽矢さんの言葉の後に、蓮が続いた。


 この言葉は……。


 ああ……僕の中に飛び込んでくるように響いていた言葉は……ここにあったんだ。


げん、視覚に置き、、聴覚に置き、、嗅覚に置き、ぜつ、味覚に置き、しん、触覚に置き、、知覚に置く。全てにしきを置き、『処の境界』を定める」


 処の境界……。

 我が……器。


 全ての感覚が、はっきりと伝えられてくる。目に捉えられる姿も色も、耳に聞こえる声も音も……遠くなっていた意識も全て、僕に溶け込むようにスウッと戻ってきた。

 そして、蓮の言葉を追って、僕は言葉を続けた。


『俺が何処に進もうと、お前はついて来ると……信じていたからな』 

 ……僕は……失わない。


げん、視覚に置き、、聴覚に置き、、嗅覚に置き、ぜつ、味覚に置き、しん、触覚に置き、、知覚に置く。我が器を処とし、境界を定める……!」


 僕が言い終えると、近づいて来ている鬼神の歩が止まる。

 僕と蓮、羽矢さんの周りに、境界が敷かれた。

 鬼神は、境界によって遮られ、僕たちに近づく事は出来なかった。


 はっきりと目を開ける僕は、蓮の手を借りて地に足を下ろした。

「依」

 蓮が心配そうに見ていたが、僕は大丈夫と蓮に告げた。

 そして、怨めしそうに僕を見る高宮に、僕は言った。


「あなたには……絶対に僕を掴めない」

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