第12話 意向

「おいで……依」


 高宮の手が僕へと差し出される。

 僕を守ろうと蓮は、僕を背にしたまま両手を広げた。


 高宮 右京……神に仕える身でありながら、神殺しを肯定する神司。

 その思いの中に、神を憎んでいるようにも感じるものがある。


 呼吸の苦しさに耐えながら、僕は支えを求めて蓮の腕を掴み、高宮へと目線を向けた。

 僕の様子を見ながら高宮は、静かに笑みを見せると言った。


「ようやく……お気づきになられたようですね。まあ無理もありません、私にしても長い年月でしたから。こうしてまたお会い出来る日をずっと待ち望んでいましたよ」


「あなたが……宮寺が管理していた神社の……」

「ええ。その神社の宮司が私の父ですよ。もう……他界しましたけどね」

「……どうしてですか……何故こんな事を……?」

「何故? あなたの意向が、私の意向と重なっていたからです」

「僕の……意向……」

「そうです。あなたの意向ですよ」


 ……嫌だ。聞きたくない。

 そう思うのは、その言葉を僕は知っているからだ。


『許さない……絶対に……必ず……取り戻してみせる』


「だから私は、あなたの為にここまで来たのです」

「僕の……為……」


 苦しさがおさまらず、頭の中に様々な言葉が広がって困惑していたが、その言葉の中で、はっきりとした言葉が浮かんだ。


『お前なら、どっちを選ぶ?』

 山に登ったあの日。二つに分かれた道の前で立ち止まり、迷いさえ持っていた僕に蓮は聞いた。

『どちらがどちらかと、決める事は難しいようですね……』

 あの時の言葉が、今の僕に答えを求めるように迫ってくる。


 ……僕は……。


 神社を管理する宮寺。僧坊の他に宮司がいた。

 廃仏毀釈が起こる前に、多少なりとも移された仏の像と神木。

 廃仏毀釈が起きたのは、神仏分離が拍車をかけたようなものでもあった。


「仕方ありませんね……では、これを見て頂ければ、心変わり……されるでしょうか」


 クスリと笑う高宮の声が漏れた後、辺りが少しずつ明るくなってくる。

 吹き抜ける風が木々を揺らし、その音に視線が動いた。


 光の柱が、頂上にまで光を伸ばすように立ち上り始めた。

 僕の足が、光に誘われるように動く。

「依」

 蓮が僕の手を掴んだが、僕は蓮に手を掴まれたまま、光を見下ろした。


『登拝道に行く前には参拝道があり、そこには神木が立ちそびえていた。神木を過ぎて門を抜けると神社があった。鳥居じゃなくて、門だったんだよ。それが何故なのか理解出来るようにも、その神社には、仏の像が置かれていたんだ』


 この場所に眠る依代は、数にして百八十八……。


 僕は、その光景に目を奪われていた。

 依代に宿った光が、この山を染めていく。

 まるで……目覚めたかのように強く、強く、光を放つ。


 あの頃の景色を映し出し、目に見えるのは幻だろうと分かってはいたが……。

 ……それでも。


「いかがでしょうか? お気に召して頂けましたか……?」

 高宮の声に振り向いた。

「ですが……依……」

 僕の目線を捉えると、少し寂しげにも笑みを見せて言葉を続けた。


「まだ…… 一つ足りません」


 そう言った後、笑みを見せていた高宮の目が、鋭く変わった。

 その瞬間に、僕の体から光が弾けた。

「あ……ああ……」

 あの時に抱えた苦しみと悔しさが、込み上げてくるようだった。

「あ……」

「依……!」

 蓮が光を押さえ込むようにも、僕をグッと抱き締めた。


 クスクスと楽しそうに高宮が笑う。

 そして、蓮を睨むと僕を指差してこう言った。


「紫条 蓮……祓うと言うのなら祓って頂きましょう。その腕の中にいる……『神』を……ね……?」

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