第11話 証明

「あなたが……祓うと……? この場所で……ですか……?」

 高宮は、嘲笑するような笑みを浮かべて、蓮にそう返した。

 月明かりが落とされて見えた堂と社。

 冥府、黄泉にと繋がった神域。


 気づいていた事ではあったが……。

 ここはあの山……大霊山の頂上……。


『あの場所に眠る依代は、数にして百八十八……だが、一つ足りない』


『頂上に依代はあったのか?』

『依代はなかった』


 廃仏毀釈……仏の像は破棄され、堂も社も……。


『神木も神社に移す事になったはずだ』


 神社に移された……神木……。


 呼吸が……苦しくなる。

 鼓動の速さに胸を押さえる僕は、短い呼吸を繰り返した。

「依、大丈夫だ。心配するな」

「……は……い……」

 蓮は、僕を気にしながらも、高宮へと目を向けていた。


「あなたに祓う事が出来ますか? それがあなたにとっての善であると断言出来ると?」

 追い詰められる事を楽しむようにも、煽るような態度さえ見せる。

 蓮は、呆れた様子で溜息をついたが、高宮は気にする事もなく笑みを見せながら、蓮へと一歩近づいた。高宮の動きを警戒する羽矢さんは、いつでも動けると小さく頷きを見せ、蓮に合図した。


「あなたのお父上は、国に仕える官人陰陽師。その正式な陰陽師が仕える国が神仏分離の令を下し、神と仏は分かれました。神を尊重し崇めたのは他ならぬ国でしょう。陰陽道は仏教の影響を受けていても、頼るのは神の力です。それは使役する式神で明らかな事でしょう。下界は欲界……欲するものが願いです。欲するものに善だ悪だとの判断は、一体何処にあるのでしょうか。呪殺にしても、その者が悪であるなら、その願いは善になるのではないですか? 己が募らせた思いを叶えるすべを持っているのなら、己がその術を使う事は公平であると言えますか? そして、その術がどのように作用しようとも、力ある者がその力を封じる事は公平でしょうか。そもそも、神の力を欲したのは国であり、何の為にその力を欲したのか……」

 蓮と高宮の睨み合いが続いた。

「だからといって、死者の魂までを利用していい訳がない」

「公平ではないから怨念が残るんです。本当に祓うと言うのなら、本当の願いを聞き入れるべきではないですか。もう一度、お答えしましょうか。願いを叶えるのは神ですか? それとも仏ですか? 明瞭だと言ったでしょう。国自体が願いを乞い、その願いのすべは神でしょう。それならばお望み通り、神の力を使い、神の力になる為の命を注げばいい。紫条 蓮……それはあなたが身を持って知った事ではないのですか? 今更、否定など出来ないのでは」

 高宮の目線が僕へと向いた。

 そして、目線を蓮に戻すと言葉を続けた。


「あなたが何を願い、何の力を使ったのか……そして何の力があなたに力を貸し、何の願いを叶えたのですか? あなた自身がそれを証明しているではないですか」


 僕の存在が今の状況を作ったと、蓮を責めているようだ。

 蓮の手に力が籠った。蓮は全てを知っていた。そして……羽矢さんも、勿論、当主様も。

 だから僕は……。


 ……蓮。


『依……お前だけは俺の側にいてくれるよな……』


 呼吸の苦しさがおさまらない。

 神仏分離……廃仏毀釈……。

 この場所からなくなっていく事に、抱えた思いは悲しみだけではなかった。

 今も……。


 頬を伝う涙に、歯を噛み締める僕がいる。


 そして、再度耳にするあの言葉は、僕の願いは。


「おいで……。他の何よりも、誰よりも……」


 本当はどちらを選んだと言えるのだろう。


『君がいい』

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