第33話 救済

「その裁きは三年目……五道転輪王ごどうてんりんおう、阿弥陀如来だ」


 羽矢さんは、大鎌を持つ手の向きを逆手に変えると、邪神を見据えた。

 そして、掬うように大鎌を下から上へと振った。

 バリバリと稲光のように光が走った。

 真っ直ぐに走るように伸びる光が、邪神へと向かう。

 目を眩ませる程の閃光が邪神の元でバチバチと弾けた。

 邪神の呻き声が、空間をビリビリと震わせる。頭の中にまで、その響きが伝わるくらい大きなものだった。


 羽矢さんが放った光は、邪神に絡みつき、逃れようともがけば踠く程、複雑に絡んでいく。

 羽矢さんは、邪神へと歩を進めた。

 邪神を覆っていた煙が少しずつ薄れていく。

 鋭くも伸びた爪が見えた。その手がはっきりと見える目の方へと動く。

 その動きは、苦しみを抑えようと、頭を抱えているように見えた。

「……る……しい……くる……しい……苦しい……」

 バタバタと踠く、邪神の低い声が震えている。


 邪神に近づいた羽矢さんは、大鎌をそっと下ろした。

「従えばその苦しみから解放される。動くな」

 邪神は、踠く事を止めたが、大きなその目をギョロリと羽矢さんに向けた。

「救ってやるって言ってるんだよ、俺は」

「……救……う……?」

「ああ。その苦しみからな」

「……苦しみ……から……救う……我を……」

 羽矢さんを見る邪神の目が動きを止めた。

「ああ……あの男も言っていた……紫条 流……時が来るまでその身を静かに置けと……だが……」

 邪神が話を始める中、蓮が何かに気づき、声をあげた。


「羽矢っ……! そこから離れろっ……!」


 蓮の声が響くと同時に、爆発音が響いた。

「羽矢っ……!」

「羽矢さんっ……!」

 羽矢さんがいた場所から、柱のように水が大きく噴き上がった。

 噴き上がった水が、グルグルと空中を這うようにうねりを見せる。

「羽矢っ……!!」

 羽矢さんの姿を目で探すが捉えられない。

 羽矢さん……!


「……冥府の番人……『死神』にもじょうがあるとは驚きました。神殺しを見せて貰えるのだと思っていましたが、残念です」

 神司……!

「ですから……」

 神司の手がうねりを見せる水に向く。握るように手を動かすと、水が辺り一体を浸すようにバシャンと降り落ちた。

 水の動きが止まったが、羽矢さんと邪神の姿までも見当たらない。

 神司は、クスリと笑みを漏らすと、言葉を続けた。


「私が神を殺しました。死神もろとも……ね」


 神を殺した……自分と意向の一致した邪神を……羽矢さんまで……?

 そんな……。

 愕然とする僕だったが、蓮は違った。


「はは……」

 神司の言葉に蓮が笑い始める。

「あはははは……! 神を殺した? 死神もろとも? これは滑稽だ」

 蓮……。

「虚勢は結構ですよ、紫条 蓮」

「お前さ……」

 蓮は、神司に向かって指を差した。


「なんにも見えていないんだな」


 神司は眉を顰める。

 その頭上にキラリと光が見える。

 僕たちの目線を追うように、神司が空を見上げた。


「死神が死ぬ訳ねえだろ、馬鹿が」


 呆れたようにも聞こえる声が、降り落ちた。

 蛇の形を作った水。大鎌を肩に担ぎ、使い魔の背に乗る羽矢さんの黒衣が風に揺れる。

「神殺しの罪は重いぞ、神司」

 羽矢さんは、大鎌を神司に向けて、言葉を続けた。


「神に仕える身でありながら、神殺しを肯定する……お前、高宮 右京たかみや うきょうだな?」

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