第32話 闘諍

 神は神を殺す……神殺しが出来る。


 神司を擦り抜けて、大きな目がその姿と共に飛び出した。

 飛び出して来たのは感じたが、その姿は煙に覆われているように、目だけしか見えない。

 吹き抜ける風に重さを感じる。

 その重圧が羽矢さんへと向かった。

「羽矢っ……!」

「任せろっ!」

 羽矢さんが大鎌を振るう。

 長い柄をぐるりと回し、盾を作る。

 バンッと邪神が弾かれた。

 だが、また直ぐに向かって来る。

 蓮は、地を足に滑らせ、指先を邪神へと向けた。邪神の動きが鈍る。

 その隙を見た羽矢さんは、大鎌を振り被り、邪神へと振り下ろした。

 ガチンッと火花を散らして、刃が邪神にぶつかった。


 凄い……邪神を捕らえた……。


 羽矢さんと邪神の動きが止まる。いや……止まっているように見えるだけだ。

 互いの力が大鎌を間に押し合っている。

「くっ……!」

「羽矢っ……!」

「羽矢さん!」

 邪神の力に押され、ザザッと羽矢さんの足が後方へと滑る。


「うるせえ。俺を誰だと思っている……」

 羽矢さんは、滑り始めた足を地に求めず、空中へと舞い上がった。

 くるりと体を回転させると邪神の背後に回り、大鎌を勢いよく振り下ろした。

 同時に蓮の手が横へとスッと動くと、光の盾が目の前に広がり、浮かんだ。

 羽矢さんの大鎌が邪神にぶつかると、背後から押された邪神はその勢いのまま、向かいにいる僕たちの方へと倒れてくる。

 だが、壁のようにも広がった光の盾が防御になり、巻き込まれる事はなかった。

 羽矢さんが、僕たちのところにスッと降り立った。


 邪神が地に倒れる。その衝撃は、大きく地を震わせた。

 地を震わせるその響きは、また言葉を作る。


「憎い……憎い……我を閉じ込めた……あの男が憎い……」


 閉じ込めた……封印されたという事か……あの男って……。

 邪神が怨めしく言った言葉で、神司と邪神の意向が一致している事を確信させた。


「……あの男が憎い……紫条 流……!」

 地の底からゴゴゴと、鈍い音が響いてくる。

 邪神が怒りをぶつけるように地をドンッと叩くと、ゆっくりと起き上がり始めた。

 邪神が叩いたところから、バリバリと地面が割れ、僕たちの足場を失わせていく。

 蓮が僕を抱え、羽矢さんと共に、足場を求めて飛び続けた。

 その様を見る神司の笑う声が、高らかに響き渡った。

 割れた地面が塊となってぶつかってくる。

 蓮が境界を作り、邪神の影響から逃れる。

 足場を確保すると、蓮は僕を下ろした。


「仕方ねえ……あまり気が進まねえが、本気で狩るか」

「あ? お前、本気じゃなかったのか?」

「神殺しはしたくないんでね。それこそ祟る。蓮、聞いただろ。奴は、自分を閉じ込めたと言った。『封印』って訳だろ。総代が祓わなかった理由がある」

「ああ、そうだな。だが……羽矢。結局は狩るんだろ?」

「ふん……俺の領域に入れてやるって事だ」

「それって……浄界ですか……?」

「……無理だろ、それは。そもそも閻王が許すかよ?」

「狩る方法にも領域があるんだよ。だから今度は、閻王じゃない」

「羽矢……お前……その先を行くのか」

「ああ。だってそもそも、その時は過ぎているだろ。だから迎えるべき時に変える。その裁きは三年目……」


 羽矢さんは、邪神を見据えると、ニヤリと笑った。


五道転輪王ごどうてんりんおう……阿弥陀如来だ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る