第31話 邪神

 大きく振った羽矢さんの黒衣の袖が、バサリと音を立てた。

 その動きに従うように風が吹き抜け、木々の葉をカサカサと揺らす。

 緊迫感ある状況に、僕は小さく息を飲んだ。

「心配するな、依。俺がついている」

 蓮は、僕を安心させるように笑みを見せた。

「……はい」

 足手纏いになりたくないと思ってはいるが、僕に何が出来るだろう……。


 僕たちは、その時を待った。

 月が高く昇ると、神木から微かに音が聞こえ始めた。

 姿は見えない。それでも段々と音が大きく響き出した。


 ……釘を打ち付けるような音。

 カーンカーンと一定のリズムを刻んで響いている。

 その響きが神木全体に伝わって、神木の枝を揺らしている。

 羽矢さんが身を構える。


「来るぞ」

 蓮が合図を送るようにそう口にすると、地面に足をザッと横に滑らせた。

 僕たちの周りを囲むように、微かな土埃が境界を作るように舞った。大きな衝撃が出ればこの神社だけでは済まない。周囲を巻き込まない為だろう。

 羽矢さんの黒衣が、バサリと揺れる。腕を振り上げ、手を高く上げた羽矢さんの手に大鎌が握られた。

 まさしくその姿は『死神』だ。

 月の光が刃を光らせ、まるで刃に力を降り注いでいるようだ。

 より緊迫した空気の中、僕はまた息を飲んだ。


 パリパリと幹が割れるような音がする。

 次の瞬間、バリッと裂ける音が大きく響くと、神木の幹が口を開け、赤黒い空間を勢いよく吐き出した。

 空間領域……。

 辺りが赤黒い色に染まった。

 羽矢さんの大鎌が空間を切る。

 赤黒い空間に切れ目が入ると、うっすらと灰色の影が見えた。

 羽矢さんは、更に空間を縦横にと切った。

 中からバッと風が押し出されてくるようにぶつかってくる。

 風が止むと、クスクスと笑う声が姿を現した。


 ……神司。


 神司の背後にキラリと光るものが見えた。

 神司を間に左右に一つずつ見えたものは、大きな目だ。

 その目の大きさで、神司の背後にいるものの大きさが分かる。


 神司は、口元を歪めて笑みを見せると、口を開いた。

「このようなお迎えを頂けるとは、光栄ですね……」

 神司の言葉に、蓮は鼻で笑う。

「勘違いするな。歓迎なんかしてねえよ」

「そうですか……それは残念です。ですが……そちらはどうでしょう……?」

 クスリと企みを含めた笑みを漏らすと、神司の目が僕へと向いた。

 蓮が僕を神司から隠すように前に出た。

「渡すかよ。依は俺のものだ」

 ……蓮。

 僕は、蓮の衣をギュッと握る。


「私の呪詛を抑えているようですが……心配はありません。殺すつもりはありませんから」

「ふん……随分と上からものを言うな」

「それはお互い様ではないですか。紫条 蓮」

 睨み合う蓮と神司に、羽矢さんが口を開く。

「無駄な話はもう十分だ。事は簡潔に終わらせようぜ」

 羽矢さんの握る大鎌が、神司へと向く。

「……成程。そうですね……確かに簡潔です」

 神司は、ゆっくりと羽矢さんに視線を向けると、クスリと笑う。

「仏は祟らないが、神は祟る……それもそうでしょう」


 神司の背後から見える目が、怨めしく僕たちへと向いていた。

 羽矢さんの大鎌を持つ手に、力が籠った。

 蓮の体勢も構えに入る。


 それは、神司の背後から聞こえる低い音が、言葉になったからだ。


「……く……い……に……く……い……『憎い』……憎い」


 笑みを浮かべたまま、神司は言った。


「神は神を殺す……『神殺し』が出来るのですから」

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