第30話 荒魂

 僕たちは、本殿の奥へと進んだ。

 そこに立ち並んでいる木々にも、無数の人形ひとかたが幹に打ち付けられていた。

 釘を打ち込まれた所為で、枯れ始まっている木も多くあった。

 辺りをざっと探し回ったが、怨念が立ち込めている以外、気配を感じる事は出来なかった。この神社で怨みを晴らそうとした人々の怨念だ。

 そんな中、蓮が足を止めた。

「……違う。ここじゃない」


 蓮はそう言うと、僕の手を掴み、踵を返した。

「何処に向かう? 蓮」

 羽矢さんが後を追う。

 蓮は、来た道を戻って行く。

 蓮の歩く速度は速い。

 その速度に合わせながら、蓮の言葉を聞く。

「これ以上、この辺りを探しても無駄だ。あれは全て、まやかしも同じ。奥に進めば進む程、確かに怨念は感じ取れるが、奴を見つけるなら場所は一つだ」

「まやかし……ああ、そういう事か」

 蓮は、歩きながら夜空を仰いだ。

 月と星の位置を確認したのだろう。

「ふん……まあいい。時はまだある」

「そうだな」

 蓮と羽矢さんの会話から、何故なのかを僕も察する。

 怨念を叶える呪いの神社。

 確かに木々に打ち付けられた人形ひとかたは、それを物語っている。

 だが、これは蓮の言う通り、まやかしも同じだ。

 ここは常夜。夜だけの神の場所。

 探すべき場所は一つしかない。

 その姿が現れるとするなら、時は丑の刻。そして……。


 蓮は、行く道を見据えながら言った。


「探すべきところは『神木』だ」


 神木に釘を打ち付けて結界を破り、夜だけの神との境界を繋げている。

 その端境はざかいが神木にあるという事だ。

 神木は神を迎える為の『依代』

 神司が蓮に言ったあの言葉は、羽矢さんが言っていた事を決定付けていた。


『だってあなた……持っているではないですか。その依代を』


『総代は国を守る為の官人陰陽師……目的は総代のような地位を狙っていたとしても、そんなやり方じゃ総代のような信頼を集める事は出来ないだろう。じゃあ、どうする。国そのものを、その力で押さえつける事が出来たら、祟りの恐怖で崇めるだろうな』


『紫条家当主、紫条 流……彼だけが通る事を許された橋。全ての界より誘いしでる……『神』という名を持って降り立つ式神……その境界を繋げている橋ですよ』


 全ての界より誘いし出でる……式神。

 神司がその力を使える場所は、この神社であるのだろうが、その依代は一つだ。

 この神社以外でも、神の力を使おうとするのなら、神司にとっては他の依代が必要なのだろう。

 神籬ひもろぎのように神社以外の場所でも、神を降り立たせる事が出来る依代だ。

 当主様だけが通る事を許されているという、その橋の代わりになるという事なのだろう。


 そんな事をさせる訳にはいかない。


 境内にある神木を前にした僕たちは、神木に釘が打ち込まれているのを確認した。


 神木にこんなにも釘を……。

 打ち込まれたままの釘もあったが、釘を打ち込んだのはかなりの回数だろう。

 釘を打ち付けた跡を見て分かる。


「羽矢……気を抜くなよ」

「分かっている。お前こそ気を抜くなよ」

「ああ、勿論だ。そもそも神には二つの側面があるからな」

「知っている。荒魂あらたま和魂にきたまだろ。当然、見せてくるのは、ここは荒魂だろうな」

 蓮と羽矢さんの表情が、少し強張っていた。

 それも当然だ。


 蓮は、深く息を吸い込み、その心を落ち着かせるようにもゆっくりと息を吐くと、羽矢さんに言った。


「狩れるか? 『死神』」


 羽矢さんは、大きく袖を振ると、蓮に答えた。


「勿論だ」


 狩るのは神の魂なのだから。

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