第17話 化身

 羽矢さんは、自分も着替える為に寺院に戻ると言い、羽矢さんの着替えを待つ間、住職と会話を交わしていた。

「これはこれは、総代の御子息様に依さん」

「御住職、話は羽矢から聞きました。法要に同行させて頂きますが、よろしいでしょうか」

「ええ、その方がよろしいでしょう。私も気掛かりだったもので、羽矢にどうかと話していたのですが……」

 住職は、ゆっくりと瞬きをすると、言葉を続けた。


「羽矢は、ここに限らず、どの場所からでも冥府の門を開ける事が出来ますから、私の誦経ずきょうの最中に、羽矢と冥府に行って下さい。私の誦経が続いている内は、魂は冥府から抜け出す事は出来ません。ですが、誦経が済んだ後に冥府と下界の繋がりは一度、断たれます。それが冥府と下界に境界が出来る時です。その境界が出来る時、僅かな時ではありますが隙が出来てしまうのです。動くとなれば、その時かと」

「分かりました。ご協力、感謝致します」

 蓮は、深く頭を下げた。僕も合わせて頭を下げる。


「総代は、私どもの上に立たれる方と同時に、国に仕える役人でもあります。総代の力は、守られたいと思う側には、自身の手の内に置いておきたいところでしょう。総代に敵う相手がいるとは、私は考えにくいのですが、的が違えば、それが総代の弱みとなる……守るが上について回る苦行とも言えるでしょう」

「……的が違えば……」

 住職が言った言葉を、蓮が呟いた。

 蓮の心情を察したのだろう、住職が少し寂しげな表情を浮かべた。

「総代のお立場上、口に出来ない事も多いとは存じます。出来る限りの力添えはしたいと思っていますが、総代のお考えがあっての事……私どもはそのお考えに従いましょう」

「ありがとうございます。俺も……そのつもりです」

「頼りになる御子息がいて、総代もお心強い事でしょう」

「いえ……そんな事は……御住職、お聞きしてもよろしいでしょうか」

「私が知っている事であれば、お答え致します」

「父は……地蔵菩薩をこちらに運ぶと、いつ話をしたのでしょうか。地蔵菩薩を迎え入れる以前に、こちらでの堂の準備は済んでいたと、見て分かりました。その時から何か……そうせざるを得ない事が起きていたのでしょうか」

 確かに蓮の言う通り、あの堂は建てたばかりのようだった。


「羽矢は、何か言っていませんでしたか」

「……いえ……その事に関しては特に……は……」

 蓮は、住職の言葉に答えつつも、何やら思い起こしているようだった。

 きっと……僕が思った事と同じだ。


『俺は……お前に謝るべき……かな』

『お前の為だと思……ってって……あ』

 ……羽矢さん。

 いち早く動いていたのは、羽矢さんも同じだったんだ。


「……そうですか。そもそも藤兼家は、ご存知の通り、冥府の番人としてのもう一つの顔があります。ですから、地蔵菩薩がここに置かれる事になるのも、道理ではあるのですよ」


 着替えを済ませた羽矢さんが、僕たちの方へと歩いて来る。

 ゆっくりとした足取りは、地をしっかりと踏みしめて、揺れ動く事のない真っ直ぐな目は、真を見据えている。


「それは……分かっています。こちらには『化身』がありますから」

 蓮は言いながら、羽矢さんへと視線を向けていた。

 冥府の番人……それは『化身』に近しい存在であり、その名を持つ事を許された者。

 それを証明するようにここには。


 閻王の像が置かれている堂がある。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る