第16話 処断

『おいで……依。俺は……他の何よりも、誰よりも……お前がいい』


 ……蓮。


 羽矢さんの真剣な目が、蓮に向けられる。

「あの場所にある依代は、数にして百八十八……だが、蓮。一つ……足りない」


 蓮と羽矢さんの視線が合ったまま、その後に言葉はなかった。

 僕は、二人の様子を見守る事しか出来なかった。


 時が止まったように動きがなかったが、少しすると蓮の口が小さく動く。

「羽矢……」

「ああっ! そうだ俺、これからジジイが受けている法要に同行するんだった」

 羽矢さんは、蓮の言葉を遮り、話を止めた。

 蓮が言いづらそうだったからだろう。

 無理に聞くつもりはない……その言葉の代わりのようだった。

「ジジイって……お前の親だろう」

「うん? 本人の前では言わないよ?」

「当たり前だ」

「ははは」

「羽矢……お前、寝てねえんだろ。大丈夫なのかよ……そんなんで法要なんて……」

「じゃあ、蓮、ついて来て」

「は? なんで俺が」

「いいからいいから」

「なにがいいんだよ? どういいんだよ? どう考えたらそうなるんだよ?」

 ……蓮……。

 僕は、思わず苦笑が漏れてしまった。

 羽矢さんに振り回されてるなあ……。


「いいからついて来いよ。今日の法要は五七日いつなのか……つまり三十五日、閻王に裁かれる日だ」

 羽矢さんの言葉に蓮は、眉を顰めた。

「……事が起きるには、明確な時期だな」

「ああ。浄玻璃の鏡……生前全ての行いが映し出される、閻王が持つ鏡だ。当然、言い逃れも嘘もつけない。それでも逃げられる道が確保出来ていたとしたら……?」

「そこに現れる魂はないという可能性があるという事か……だが、もう既に逃げていたとしたらどうなんだ?」

「元々、下界での結界が張ってあるんだよ、今回のは。七本塔婆……追善供養だ。三十五日だからまだ七本は立てられていないがな」

「ふん……成程。閻王の裁きまでの期間、善を積んでいたって訳か」

「ああ。動くとすれば今日だ。どうだ? ついて来る気になっただろ? 蓮」

「分かった。直ぐに支度する。依、お前も支度してくれ」

「はい。分かりました」

 着替えの為に蓮が部屋を出て行こうとしたが、扉を開けると羽矢さんを振り向いた。


「……おい」

「うん? なに? 蓮。支度が済むの待ってるから安心しろよ」

「……その間、お前は何処にいるつもりだ?」

「だから、待ってるって」

 羽矢さんは、ニッコリと笑って答えた。

「だから、何処でだと聞いている」

「ここでに決まってるだろ?」


 蓮は、羽矢さんのところに戻ると、羽矢さんの襟首を掴んだ。

「痛っ……蓮……!」

「来い、羽矢。お前と依を二人にしたら、お前がなにするかなんてな、想像ついているんだよ」

「えー……」

「えー、じゃねえ。自慢じゃないが、部屋なら幾つでもある。他の部屋で待つか、外で待っていろ」

「はいはい。自慢じゃないのが自慢になるってな。はは」

「……羽矢。黒衣着ているからってな、解放されている訳じゃねえからな? なんなら俺がお前を裁いてやろうか? 最後の裁きだ」

「総代の方が断然優しいぞ、蓮。品格もあるし」

「黙れ。総代だって、お前のそんな奔放さを見たら、どうだかな?」

「紫条家の後継者……総代になった時に破門でもされたら大変だからな。お前の部屋で待つとするよ」

「俺の部屋だと? 断る」

「まあまあ、詳しい話もある事だし、な?」

「……仕方ねえ。ここにいられるよりマシか」


 蓮は、羽矢さんの襟首を掴んだまま、羽矢さんを引っ張って部屋を出て行った。

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