第18話 神司

 住職と共に向かった先で、蓮は納得を示すように頷いていた。

 辺りを見回す僕も、それは同じだった。


 ここは……。


「霊園……ですか」

 僕の言葉に羽矢さんが頷く。

「そう、霊園。納骨、神道で言うなら埋葬祭、仏の道でも神の道でもそれが可能な場所だ」


 寺院には墓地がある。

 だから寺院を出た時から、寺院内の墓地ではなく、場所が違うんだと思っていた。

「まあ……その場所を何処にするかは人それぞれだけどね。だが……俺がお前たちを呼んだのも、納得出来るだろ?」

「はい」


 遺族と住職が先へと行く。

 僕たちは少し離れて後についていた。

 広い霊園だ。

 来ているのは僕たちだけではなかった。


 そこには神司かんづかさの姿もあった。

 少し距離は離れていたが、僕は、神司を見ながらその場を通り過ぎる。

 何故か妙に気になって、僕だけ進む足が遅くなった。

 ……神司……だけ……?

 墓石を間にしているからといって、死角になっている訳じゃない。


「依」


 距離が離れてしまった僕を、蓮が呼んだ。

「あ……はい。すみません」

 蓮と羽矢さんが足を止めて僕を待つ。

「今、行きま……す」


 声が聞こえたからなのか、神司がこっちを振り向いた。

 顔が見えた。若い神司だった。

 僕と神司の目が合う。


 目が合うと神司は、小さく頭を下げると笑みを見せた。

 僕は、歩を進めながらも、頭を下げる。


「どうした? 依」

 蓮が少し心配そうに僕を見る。

「いえ……あちらで神司を見掛けたものですから……」

 言いながら僕は、神司がいた方を振り向いた。

 ……いない。


「神司? 遺族もいないのにか?」

「あ……はい……そうなんです。だから少し気になって……」

「依……神司だったんだな?」

 蓮は、僕の目線の方向をじっと見ていた。

「はい。確かに」

 はっきりと答える僕の言葉を聞くと、蓮と羽矢さんが目線を合わせた。

「……羽矢」

「なんとも言い難いが……」

 羽矢さんが神司がいた墓の方へと向かった。

 僕も蓮も後を追う。


「……奥都城おくつき……そう刻まれているんだから、確かに神道だな。神道は、墓とは刻まない」

 墓石に刻まれた文字を見て、羽矢さんがそう呟いた。そして、墓石の側面を見始める。

 見た後に羽矢さんは、首を横に振った。

 僕も蓮も、羽矢さんのその様子に察したものがあった。

 遺族がいない理由もそれで納得は出来たが……。

「誰の墓でもないんですね……」

 墓石の側面には亡くなった人の名が刻まれてあるはず……それがないのだから。

 そして、奥都城の前には通常、家名が入っている。だが、そこに刻まれているのは奥都城の文字だけだ。


「誦経が始まる。行こう」

 羽矢さんは、そう言って歩を進めた。

 不可解ではあったが、こうしている訳にもいかない。


 住職の誦経が始まると、羽矢さんが動き始める。

 住職との距離はある程度、置かれているが、羽矢さんが冥府の門を開けるに、そこに人がいても問題はないそうだ。

 見える者にしか見えず、入れる者しか入れない。それは当然、羽矢さんの許諾があっての事だ。

 そして、そこにいるはずの僕たちの姿は、必要とあらば、そこにいるという幻影を残す事が出来るという。


 羽矢さんが腕を振ると、バサリと揺れた袖から衣の色が黒に変わっていく。

 深く息をつき、目を閉じる羽矢さんは、再び目を開ける。

 その瞬間に表情が一変する。

 羽矢さんは、強い目を見せて、口を開いた。


「ここからは、俺の領域だ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る