第一章 神と仏

第1話 併存

 人一人がようやく通れるくらいの細い道。だけど、道と呼べる程、整えられてはいない。

 進む足は、雨に濡れた地に取られ、何度も行く道を後戻りさせた。

 この山の頂上には『依代』があり、その存在を確認する為に僕たちは向かっていた。

 だけど、事はそれだけじゃない。


 見上げれば、生い茂る木々で空さえ見えない。

 見下ろしても、鬱蒼と立ち並んだ木々が、地まで隠している。

 歩く道の脇には、何処からか湧き出た水が、小さな川を作っていた。

 太く張られた木の根が、多少、足場を導いてくれる。

 長年の時の中で、落ちて来ただろう無数の石。

 粘土質の土は、石を地に馴染ませる事はなく、石に足場を求めれば、滑り落ちるだろう。


「依、大丈夫か」

「ええ。大丈夫です、蓮。僕の事は気にせず、先に行って下さい」

 ……体力……ないな。

 足が次の一歩を踏み出せない。

 息が切れる苦しさに、登って来た事を後悔している自分がいる事は確かだが、頂上まで半分は来ているだろう。

 引き返すにしても、同じ距離を戻るしかない。

 ここまで登って来た事を無駄にしたくはないが……。

 頂上まで登ったら登ったで、当然だが、戻る距離も長くなる。


「依」

 蓮が引き返し、僕に手を差し伸べた。

 僕は、力なく笑う。

「君を巻き込んで……落ちてしまいます」

 僕の言葉に蓮は真顔のままで、僕の手を強く掴んで引いた。

 蓮の力に引かれる僕は、そのままの勢いで蓮にしがみついた。

 次の瞬間に足が滑り、バランスを崩す僕の体を、蓮はグッと捕まえる。

「……すみません。足手纏いですね」

 苦笑が漏れた。

 申し訳ないと思う気持ちが、顔を伏せさせる。

「依、お前が先を歩け」

「ですが……僕が足を滑らせれば、君まで……」

「落ちない」

「……蓮」

「落ちねえよ。俺もお前も」

 あまりにも真っ直ぐな目線を向けるから、僕は言葉を返せなくなった。

 蓮の言葉に従い、先へと足を進めた。

 傾斜の大きい不安定な道。

 僕の歩く速度では、日が暮れてしまいそうだ。

 一つの文句も言わず、黙って僕の後を歩く蓮。


 紫条しじょう 蓮。

 僕は、いつも彼に守られているようだ。

 蓮は、感情をあまり表に出さない。それでも信頼を置けるのは、彼だからなのだろう。

 言葉などなくとも、感じ取る事が出来ていた。


 だいぶ上まで登って来たが、疲労以前に足を止める事になった。

「……どうしましょうか……」

「どうした、依」

「道が……」

 道が二つに分かれている。それ以前に、どちらの道にしても、入り組んだ木の枝が、道幅を更に狭くさせていた。これでは、進むにしても中々に困難そうだ。

 蓮が僕の前に出ると、様子を確認する。

 少しして、僕に体を向けると、腕を組み、僕に問う。

「お前なら、どっちを選ぶ?」

「僕……ですか……? そうですね……」

 迷いはあるが、この迷いは分かれ道の選択の問題ではない。

 それは、どちらかが行き止まりになるとか、間違った道であるという事ではないのが分かっていたからだ。

 僕たちがここに来る事になったのも、境界を確認する事が重要なものだった。

「どちらがどちらかと、決める事は難しいようですね……」

「……そうか」

「ですが……」

「なんだ?」

 僕は、辺りを見回した。当然、目に映るのは、生い茂った木々ばかりだ。

 だけど……。

 混在する空気感。

 二つに分かれた道があるように、この山の中には、二つのものが存在している。

 そもそも、人というものが何を信じて生き続け、死の後に何を望むのか……。


 僕たちが確認しに来た依代とは、神霊が依つく対象物を指し、いわゆる神域だ。


 僕は、ゆっくりと目を閉じる。深呼吸を一度すると、目を開けた。

 ふわりふわりと半透明の玉が舞うように漂っていた。


「ここは……神域の中に霊魂が存在しています。つまり……神と仏が併存しているんです」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る