処の境界

成橋 阿樹

プロローグ

我が器

げん、視覚に置き、、聴覚に置き、、嗅覚に置き、ぜつ、味覚に置き、しん、触覚に置き、、知覚に置く。我が器をしょとし、境界を定める』



 ……感覚が狭く感じる。


 一つの名を持つものに対し、内部感覚は、境界の域を出ない。

 同じに揃い、同じに纏まる。

 だけど……。


 手に取った短刀。手を握り、血が雫を落とすだけの傷を腕に作る。

 机の上に置いた真っ白な紙。

 ポタリと落ちて描く色……。


「……なにやってんだよ、より。またくだらねえ事、考えているのか?」

 低く静かに流れる声は、僕の行動に驚きはしない。

 僕は、彼を振り向かず、返事の代わりにクスリと小さく笑みを漏らした。

 ゆっくりとした足音が、僕の背後で止まる。

 血が流れる僕の腕をグッと掴んで、まるでこれ以上、血を流させやしないと言っているみたいだ。


「……馬鹿ですね、れん。そこまで深い傷など、作りはしませんよ」

 僕は、ゆっくりと蓮を振り向いた。

 笑みを見せる僕とは逆に、怒ったような強い目が向けられる。

 僕の腕を掴む、蓮の手の力が強くなった。

「痛っ……」

 思わず漏らした声。

 蓮は、僕を真顔で見つめていた。

「認識出来たか?」

「……蓮……」

 蓮が何を思っているかは、分かっている。

 僕は、それを確かめていたのだから。


 蓮は、僕の腕を掴んだまま、表情を変えずに言った。


げんぜつしん。それぞれにしきを足して認識出来れば、それがお前という存在だ。彩流さいりゅう 依」


 ……認識出来れば……。

 僕は、蓮から目を逸らして、苦笑した。


「……浅いんです」

「依……」

「見えていても、聞こえていても……痛みを感じても……この体は、僕のものですか……?」

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