第2話 試練

 舞うように漂う半透明の玉が、数を増していく。

 僕も蓮も敢えてそこに目線を集中させなかった。

 気に留めなければ、空気と同じ。そこにあるのが当たり前で、存在を主張する事なく、場に馴染む。


神仏混淆しんぶつこんこうの名残りだろう。別に珍しい事じゃねえ」

「そうですね……元々は同一視されていたものですから。ですが、蓮……」

 僕は、蓮を真っ直ぐに見て言った。


「主従関係はどうであったと、存じていますか?」


 僕の言葉に蓮は眉を顰めた。

「……じゃあさ……」

 蓮は、僕の直ぐ側にある木の幹に手をついた。

 腕が僕の顔を少し掠めている。

 真っ直ぐに向けられる目は、瞬きせずに僕を捉えていた。

「蓮……」

 蓮が僕に向ける強い瞳に少し戸惑いながらも、目が離せなかった。

「依……お前はどうなんだ?」

「どうって……なんでしょうか……」

 元々、狭い道幅だ。蓮との距離が物凄く近い。

 向けられ続ける蓮の目線に、僕の目線が泳ぎ始める。

「あの……蓮……」

「依」

 はっきりと僕の名を呼ぶ声に、蓮に目線を戻した。

 蓮の目は変わらず強い目線を僕に送る。


「俺とお前は同い年。付き合いもガキの頃からだ。そのガキの頃からお前はずっと、その口調は変わらない。博識でありながら、例え俺の意見が間違っていたとしても、お前は俺を尊重する。そこで良からぬ結果を招いたとしても、お前は自分が悪いと俺を責める事はない」

「……蓮……僕は……」

「俺が……紫条宗家の息子だからか?」

 僕の言葉を遮ってそう言った蓮。僕が返答に迷うと分かっていたからこそ、そう言ったのだろう。

 その問いの答えをはっきりと聞きたい為にも……。

「いえ……あの……」

 紫条家は陰陽師の家系で、それも民間ではなく、国に属する正式な陰陽師。いわゆる官人陰陽師だ。

 その嫡流である蓮は、当然、その能力を求められる。期待されるが故に、その重圧も相当なものだ。

 それでも僕は、はっきりと答えられなかった。

「……」

 急に無言になる蓮。

 少し間を置くと、蓮は二つに分かれた道の右側へと進み始めた。

「蓮……! 待って下さい……!」

 僕の声に振り向く蓮は、無表情のまま僕に言った。


「……自業自得って言えよ、依」


「蓮……!」

 僕の手が蓮を追い掛ける。

 蓮を掴もうと指先が動くが、その手が蓮を掴むより先に僕の足が滑った。

「あ……」


 ……どうして。


 擦れ違うのだろう。


 ここに来る事になったのは『依代』の存在を確認する事が目的の一つだ。それは陰陽師であるなら『式神』の一つでも持っているのが当然という試練でもあった。

 だからこそ、この山が選ばれたのだろう。

 神と仏。

 陰陽道は、神道しんとうや仏教の影響を受けている。

 そして僕は、その全てを知り、更に知ろうとしている。

 知識は内部感覚だけにとどまったものだけであって、外部感覚に得たものがなかったからだ。



「依……!」

 蓮の声が僕を追い掛けた。

 落下する体は止めようもなく、重力に比例していくだけだ。


 ……蓮。


 落ちて行く中で見えるのは、僕に後悔を与える残像か。

 それとも……閉じゆく生への儚き夢か。


 蓮が……僕の元へと降りて来る。


 だけど……。

 背中から何かが突き破って、刺さって。


 僕の体はそれ以上落ちずに、止まった。

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