scene4 楽しいひと時

 グリムがロミリアに対して、ここまで積極的になっているのは、ただ単にロミリアに子供らしい遊びを教えるためだけではなかった。

 ヨシュアにロミリアの話を聞いたことで、自分ならもっとロミリアを元気にさせられると、そんな使命感に駆られているからだ。

 つまり、簡単に言うとグリムは調子に乗っていた。

 特に何かをしたわけでもないのに、傷心のロミリアを元気づけられたのは自分だけなんだ、という優越感や特別感に酔っていた。

 ブドウ畑を後にしたグリムたちは、村から見える一番大きな山に向かい、中腹の辺りまで登ってきた。

 グリムは沢の岩肌から滲み出している水を革皮ひかわの水筒に入れていく。村の人たちがよく飲み水で使う場所で、この山自体、グリムは何度も訪れている。

 ロミリアがその水筒の水でのどを潤してから言った。

「ここに来たのは? 何かあるんですか?」

「まあ、あるんだけど、その前にそろそろ腹、減っただろ」

「もう正午ぐらいですか」

「こっちだ」

 グリムが先頭になって案内した先は、沢沿いを下ったところにある滝だった。滝つぼまでは凡そ三メートルほど。滝の上からだと実際よりも高く見える。

 グリムは滝つぼを眺めるロミリアに視線を向けた。

「ロミリア隊員。子供は時に度胸が求められる」

「いやです」

「まだ何も言ってないぞ」

「言わなくてもわかります。ここから飛び降りろってことですよね? 私は遠慮します」

「ええっ⁉ さっきまでノリノリだっただろ」

「そんなことありません」

「口調もなんだか戻ってるし」

「やっぱりこっちの方が、話しやすいので」

「なんだよ。さっきは俺よりもパクパクブドウ食べてただろ」

「そ、そんなに、食べてません!」

「口の周り汚してたのに、気づかなかったくせに」

「お、美味しかったのいけないんです!」

 ブドウのせいにするとは子供らしいな、とグリムは内心で思ってしまった。

 すると、ロミリアが手を差し出してきた。

「私は周り道して下に降りるので、道具を預かりますよ。お一人でどうぞ」

「サンキュー」

 グリムは水筒と持っていた釣り竿をロミリアに渡そうとするが、そこで動きがぴたりと止まる。

 ロミリアが眉をひそめた。

「どうかしました?」

「なあ、ロミリア。あれ見てくれ」

 グリムは滝つぼを指差した。

「何かあるんですか?」

「ほら、あそこだよ。よく見てくれ」

 そううながすと、ロミリアは身を乗り出して覗き込む。

 しかし、グリムが指差した先に変わったものはなかった。

「何もありませんよ」

 ロミリアは未だに滝つぼを見詰めている。目を凝らして、その何かを探している。その間に、グリムはこっそりとロミリアの背後に回った。

 そして、無防備なロミリアの背中を両手で押した。その時のグリムの顔は今までにない悪い顔をしていた。

 だが、グリムの手がそれに届くことはなかった。強引に押そうとしたその手を、ロミリアは咄嗟とっさに身をひるがえしてかわしたからだ。グリムの思惑は読まれていた。

 それだけではなく、グリムの身体は押した勢いのまま流れ、踏みとどまることができずに、崖上から滝つぼに向かって落ちていく。

 その瞬間、ロミリアの勝ち誇った顔が見えた。手を振っている姿は、その証だが、逆に言えば隙だらけでもあった。

 グリムは諦めなかった。身体がまだ残った状態で、寸でのところでロミリアの手を掴んだ。

 予期していなかったのだろう。ロミリアから間の抜けた声が聞こえた。

「へ?」

 慌てるも時すでに遅く、がっちり掴んで離さないグリムは、にやっと笑みを浮かべ、ロミリアを巻き込んで一緒に滝つぼに落ちていった。

「きゃあああああああああ!」

 ロミリアの悲鳴を聞きながら、グリムは実に満足そうな顔をしていた。

 その直後、大きな音とともに水柱が立った。

 冷たい水に全身が浸かり、着ていた服が重くなっていくのがわかった。水面から顔を出したグリムは、同じようなタイミングで出てきたロミリアを見て、笑いをこらえることができなかった。

「ぷっ、ふ、あはははははははっ!」

「わ、笑い事ではありません!」

「けど、『きゃああああああ』って」

「もう!」

 不満げな顔をするものの、ロミリアもおかしかったのか、グリムに釣られるように、声を出して笑った。

 陽は出ていたが、さすがに今の時期に水に浸かるのは寒かった。冷えてしまった身体を温めるために、グリムはすぐに火を起こした。

 火を起こすのは得意で、家の暖炉だけでなく、村の家々の火付け役として回っているので、慣れたものだった。

 朝早くに起きなければならないのが、面倒だったりもするが、火がないと困る家があると思うと、中々サボることもできなかった。

 今日は火打石は持ってきてなかったので、辺りに転がっていた乾いた木片と木の棒をこすり合わせて発火させた。ものの数分で、小さかった種火が集めた木々に移り、大きくなっていく。

 その流れるようなグリムの動きに、ロミリアは目を見張り、呆気に取られていた。

 そんな彼女を黙殺して、グリムは「ここにいて」と言い残すと、焚き火の側にロミリアを置いて、一人釣り竿を持って下流に向かった。

 それからしばらくして、グリムは数匹の魚を手にして戻ってきた。

 木の棒に魚を刺して、焚き火の近くに並べていく。その全てが終わったところで、ロミリアが呟くように言った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

最強の姫騎士の倒し方を教えてくれっ!!! 輝親ゆとり @battlingtake

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ