第1話 闇への誘い、秘密結社シャフト⑸
思えば、ここに拉致監禁される前、最後に話をしていたのがこの女性だった。
名前はたしか……。
「ええっと、市川さん?」
「あら、覚えててくれたの? 嬉しい!」
俺が当てずっぽうで名前を呟くと、市川さんはニコニコ笑いながら答えた。
嬉しいと言いつつ、全然嬉しくなさそうだ。
その声は、俺に初めて声を掛けてきた時とは、似ても似つかないほど冷たかった。
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市川さんの顔を見て、意識を失う直前の様子を少しずつ思い出してきた。
うちの大学の入学式当日のスケジュールは、入学式の後、講義の受講方法や図書館の使い方などを説明するオリエンテーションを経て、午後の残り時間は、新入生に対するサークルへの歓迎(というか勧誘? )活動に充てられる。
この活動をうちの大学では「新入生歓迎活動」と呼ぶ。具体的には、大学構内のいたるところに各サークルがブースを設け、新入生を自分たちのブースに招いては、写真を見せて活動内容を説明したり、実演して見せたりする。
こうして、ブースでの勧誘に興味を持った者や、お菓子を餌に釣られた者は、サークルボックス(各サークルに割り当てられている部室みたいなもの)に招かれていった。
入学式を終え、本日のオリエンテーションが一通り終わったその後。
俺と春日が学部棟の正面出入口から出ようとすると、何十人もの先輩たちが学部棟の正面出入口に待ち構えており、新入生に対してビラを撒いていた。
俺たちは、先輩たちと新入生とでごった返す中を搔い潜ろうとすると、先輩たちは、無理やりサークル勧誘のビラを押し付けてきた。受け取るつもりはないのにもかかわらず、なぜか両手でビラを掴んでしまい、ビラが溜まっていく。
結局、俺も春日も、正面出入口のあたりを3メートル程度歩いただけで、30枚ぐらいのビラを渡された。いや、押し付けられたと言った方が正確か。
「いや~すごい熱気だったね」
春日が人ごみの感想を伝えてくる。
俺は、「そうだな」っと適当な返事をする。
すると、「いろんなところ触られちゃった♡」っと、急に春日が艶っぽい声で答えてきた。
え??????????
俺は困惑して「マジか?大丈夫か?」っとオドオドしながら聞くと、春日は「冗談だよ~」っと言って、してやったりという笑みを浮かべた。
よかった、冗談だったか。
この手の会話は、いつも春日に連敗を重ねている。
春日はこれに満足して、元の調子で話しかけてきた。
「それにしても、いっぱいビラもらっちゃったね」
「全然興味ないサークルもビラもあるんだが」
「いいじゃん! 今の私たちは、いろんなサークルに入れる無限の可能性があるんだよ! テニスやったり、ピアノ弾いたり、心霊スポット巡ったり、ボディビルコンテントに出たり……。家帰ったらゆっくり見よーっと!」
「お前、ボディビルに興味あるのか?」
耳を疑った俺は、すぐさまツッコむ。
「ダイエットとかできたらいいなーっと思って!」
春日があっけらかんと答えた。
ボディコンは真剣に考えていないようで、俺は安堵する。
俺は、春日を改めてじっくり見る。
初めて見る、春日のリクルートスーツとベージュのロングコート姿は、今まで俺が見てきた春日のどれとも違って、とても大人びて見えた。
春日は、幼馴染の俺から見てもめちゃくちゃカワイイ……と思う。
胸の高さまである艶のある黒髪は、手入れが行き届いており、いつも見惚れてしまう。
背丈は165センチほど。スラッとした細身なのにもかかわらず、中学・高校とほとんど変化しなかった控えめながらも仄かな膨らみも、やはり見惚れてしまう。
そして何より、コミュ力の高さで鍛えらた表情筋から繰り出される笑顔は、周りにいる人全員を笑顔にし、俺を何万回も惚けさせてきた……。
でも、そんな惚け顔を春日に見せてはいけないと、いつもぶっきらぼうに表情を作ってきたので、いつも春日に見惚れているのは、たぶん、現在に至るまで、バレていない……はずだ……。
それにしてもサークルかぁ。
大学生になったら、サークルに入りたいと思っていた。
元々剣道をやっていたので、剣道部に入るのもいいかなと考えていたが、大学のスポーツ系の部活動はかなりガチでやっていると聞き、高校生活の大半をオタク趣味と剣道につぎ込んできた俺としては、これ以上、厳しい稽古をしたいとは思わなった。
ぬくぬく活動ができるサークルで、できれば春日と一緒のサークルがいいな……。サークル活動に対する要望は、ただそれだけだった。
校門まで歩くと、春日はネット回線の手続きがあるとか言って先に帰ってしまった。歓迎活動は、今週午後はずっと行われるそうなので、明日、一緒に見て回ろうということになった。
「先に入会決めちゃダメだよ!」と春日には言われたが、今日明日で決めるようなことはしない。適当にいろんなサークルを見て回ってから、ぬくいサークルを厳選していきたい。
こうして、春日と別れた後、いろんなサークルブースを遠目で見ながら大学構内をぶらぶら歩いていると、後ろから女性の声が聞こえてきた。
「すいませーん。そこの赤いマフラーのお兄さん、新入生ですよね? ちょっといいですか?」
赤いマフラー? 俺の事か?
俺は一瞬振り返ろうとし、首を90度だけ左に振ったが、やはり別人だよなと思って、すぐに首を正面に向けた。
すると、「今振り返ろうとしたお兄さん。アナタですよ!」っと、また後ろから女性が呼びかけてきた。
俺のことを呼んだらしい。
一瞬振り返ろうとした動作がバレており、少し恥ずかしかった。
俺は緊張した声色で「は、はい」と答えながら振り返ると、そこにはモデルのような美人のお姉さんが立っていた。
まだ俺より2、3歳ぐらいしか歳が離れていないはずなのに、すごく大人びた印象だ。
ウェーブのかかった長い茶髪に、凛々しい目元、口元の赤いリップが大人の色気を醸し出している。そして何より、大きな胸元をこれでもかと強調する黒いニットは、高校を卒業してまだ間もない俺にとって、目の保養……ならぬ、目に毒だった。
俺は、頭の中で2つのお椀について考えを巡らせたものの、やはり、大きすぎず小さすぎず、若干協調されている程度が一番素晴らしいという、いつもの結論に辿り着く。
そう! 春日ぐらいの、協調し過ぎないサイズ感が一番良いのだ。
そんな俺のどうでもいい持論はさて置き、女性は、振り返った俺の顔を見て、一瞬鋭い目つきをしたかと思うと、すぐに目元を緩ませ、先ほどの優しい口調で語りかけてきた。
「私、『ドラゴン』というインカレサークルに入ってる市川と言います。もし今、時間あるようだったら、うちのサークルこと紹介させてくれませんか?」
悪の秘密結社によって改造人間にされた俺は、悪の手先として悪と戦うことになりました 望月ミナキ @mofutto3
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