第1話 闇への誘い、秘密結社シャフト⑷
「この大幹部の輝石を媒介にして、お前の体内に魔力を流すと、なぁんと、手術の成功率が高まるんだ。まぁ、理由はよく分かんねーが、ボスが言うには、この輝石の魔力と怪人の魔力が人間の身体の中を一緒に巡ることによって、人間の身体は、魔力に対する耐性が付いて、その形質を変化させるらしい。原理は知らん」
つまり、魔力だけ流されても人間は死んでしまうが、大幹部の輝石を介することで、人間の身体は魔力に耐えられるようになり、人間を怪人にすることができる……ということか?
それにしても、オロチ大佐といい、横田といい、よく細々と説明してくれる。
「そして、大幹部の輝石は、大幹部の所有する輝石ごとに手術後の怪人の様態や能力に変化を与える。例を挙げるならば、うちのボスの輝石は、恐竜やドラゴン、爬虫類といった龍にちなむ怪人が生まれる傾向がある。ここにいる怪人は皆、龍にちなんだ怪人ばかりだ。せっかくだし、歓迎パーティも兼ねて披露してやろう」
横田は「おいっ」と首を振って合図を送ると、近くにいた男の一人が「はっ」と威勢のいい返事をした。
その男は、俺を拘束する台座の足側まで歩いて立ち止まると、俺を一瞥して笑みを浮かべた。今からお前をビビらせてやる、とでも言いたげな表情だ。
そして、両手を前に持ってきて、指を閉じ、ゆっくりと顔の前でクロスさせたかと思うと、「カァァァァァ!!!」と甲高い声を上げ、両手を勢いよく外側に広げると、男は強烈な光を発した。
その奇声と発光に驚いた俺は、思わず目を閉じてしまう。
発光が止み、俺は恐る恐る目を開くと、先ほどまでいた発光男の位置に、人型の龍とでも呼べる、異形の存在が立っていた。
縦長の瞳孔を持つ目玉を持ち、長細い口からは鋭い歯が何本を覗かせる。腹部以外は硬そうな鱗で覆われているので、一瞬ワニのようにも見えたが、頭上には鋭い角を一本有し、背中にコウモリのような薄く大きな翼がある。
そいつは、まるで準備体操をするかのように、首を振り回しては大声で吠え、その大きな翼をゆっくりと開閉させていた。
俺が想像する龍より不格好ではあったが、「喰われる!」っと、感じさせるほど、その迫力は凄まじいものであった。
「こいつはワイバーンの怪人に変身することができる。だが、変身できるのは怪人の姿、つまり、怪人態だけじゃない。人間の姿のまま、身体の一部分だけを怪人の姿に変化させることもできる。どうだ、驚いたろ! こういうのは初めのインパクトが大事だからな! おい、何か感想言ってみろよ!」
俺は、横田の話に返事をすることなく、ただ茫然と、ワイバーン怪人を見つめていた。
怪人……。これが怪人……。こんな化け物が本当に存在するのか……。
そして、俺もこんな化け物に…ぐわっ……。
怪人の存在を脳裏に刻み込むように反芻していると、横田がまた俺の腹を思いっきり殴ってきた。相変わらずめちゃくちゃ痛い。
「諏訪、人の話を無視するなよ。今から一番大事な話をするんだからよぉ」
こいつ、キレるタイミングが全く分からない。説明が好きな一方で、協力を頼んでおきながら、いきなり殴りつけてくる。本当に何を考えているか分からない奴だ。
横田は息を吸って一度間を置くと、真面目な顔つきで話し始めた。
「さて、ここからが本題だ。耳をかっぽじってよく聞け! 怪人となったお前には、今後俺たちの同志として働いてもらう。なーに、人殺しをしろとは言わない。俺たちの敵は怪人だ。殺したり、襲ったりするのはあくまで怪人。怪人をバンバン倒してもらう」
こんな化け物と戦うのか?冗談じゃない!!
「このワイバーン怪人みたいな奴らと戦えっていうのか?」
「ああそうだ。お前も直に怪人態になれる。しかも強い怪人になぁ。その力を使って怪人を殺せ」
殺意を込めた声で横田が言った。
「嫌だと言ったら、どうなるんだ?」
「お前の協力を得る方法はいくらでもあるさ。例えば、お前を洗脳したり脳手術をしたりするとかなぁ。とはいえ、こちらとしてもそういった脳を弄ることはなるべくしたくないんだ。お前が自主的に協力を願い出ることを望むね」
横田が眉間にしわを寄せる。脳を弄りたくないというのは本心なのかもしれない。
しかし、何でなんだ? 普通、洗脳した方が、横田たちにとっては都合が良さそうなはずなのに……。
洗脳の話は、深掘りするのが少し怖かったので、話題を少し逸らしてみる。
「でも、今、俺が協力すると嘘をついて、怪人態に変身できた途端、横田たちを裏切る可能性もあるだろ?」
「だ・か・ら、心からの協力をわざわざお願いしている。当然、お前にもメリットてんこ盛りの話だ。俺らがこの戦いを勝ち抜けてシャフトの首領にボスがなれれば、ボスはそれ相応の地位を俺たちに与えてくれる。お前はまだ新入りだが、貢献次第では俺並の地位に就けるかもしれねえぞ!」
「そんなよく分からない組織の地位に興味なんてない」
「はあ? 馬鹿かお前?」
横田の顔を伺うと、みるみる機嫌が悪くなっているのが分かった。
社会人になるのは4年ほど先なんだろうけど、地位とか役職とかには興味がない。飢えることなく、最低限やりたいことができるお金が手元にあって、大事な人が周りにいたら、それ以上は何も望まない。
しかし、横田たちは違うのだろう。こいつらは怪人だけど、あれこれ上司にやらされて、地位や役職のために出世競争に奔走している点は、普通の人間と変わらない。せっかく怪人なのに。そんな小さなことに、こいつらは執着しているのか……。馬鹿じゃないのか?
そんなことを考えていると、横田が「てめぇ。今、俺のことを馬鹿にしただろ!」っと胸倉を掴んできた。どうやら思考を見透かされたらしい。
「ガキのお前には分からないだろうが、どんな社会に生きていようがなぁ、組織の中における地位ってもんが、てめえを形づくるんだよ。それがない奴は、何の価値もない空っぽ野郎なんだよ。ガキの癖に、知ったかぶった態度を取るな!」
そう言うと横田は、右腕の拳を勢いよく振り上げた。
俺、また殴られるのか…。勘弁してくれ…。
そして、拳を振り下ろそうとした瞬間、「ねぇ」っと、少し力を込めた女性の声が部屋の奥から聞こえてきた。横田の動きが止まる。
「あんまり殴るとかわいそうよ。」
女性の声を聴き、「チッ」っと舌打ちしながら、横田は振り上げた拳を収める。
あっさり従う横田に、俺は少々戸惑った。
そういえばこの声、さっき、横田と原の会話に割って入ってきた女性の声だ!
そして、どこかで聞いたことがあるような声。
横田に言うことを聞かせるこの女性、横田とはどんな関係なんだ?愛人?上司?それとも、ただの同僚だろうか?
そんな俺の思考とは関係なく、横田から会話の主導権を奪った女性は、こちらに向かって足音を立てながら話しかけてきた。
「ねぇ、諏訪君。この子、大事な子なんでしょ?」
女性は、俺の目の前に立つと、自身のポケットからスマホを取り出し、二人の人物が移った写真を俺に見せてきた。俺のスマホケースと同じケース……。ていうか、俺のスマホだった。
女は、俺のスマホ中に保存されていた写真を見せてきたのだ。
その写真は、今日、入学式の直前に撮った写真……。
二人の男女が、大学の門に置かれた、大きな入学式と書かれた看板の横で映っている。周りには桜の木が並んでおり、風が吹いていたせいか、辺り一面を舞う桜の花びらが、二人の写真を彩っていた。
写真に写る男は俺自身。そして、一緒に映る女性は、俺の幼馴染で、今年の春から一緒の大学に通う
緊張した表情の俺とは対照的に、春日は、胸の高さまで伸びる黒髪を風に
俺が春日の笑顔に癒されたのも束の間、ふと我に返る。体からはまた冷や汗が出てきた。
こいつら、何で春日のことを知っているんだ?
まさか、今日ずっと尾行されていた?
「なんで……、春日のことを……」
「だって、楽しそうに話してたのをずっと見てたから♡」
お察しの通りと言いたげに、女性は答える。艶めかしさの中に悪意が混じった声。
女性は、スマホを俺のポケットしまい、にっこり笑った。
スマホ返してくれるんだ……じゃなくて、その顔を見て、俺はようやく、目の前に立つ女性のことを思い出した。
声の雰囲気が違ったから、さっきは気づかなかったけど、この女性とは数時間前? に会って話をしていたのだ。
この女性、新入生サークル歓迎活動の時、サークル勧誘をしてきたお姉さんだ。
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