《研鑽せし冒険者》:日常⑤

金剛石。


世界で一番硬い物質、と父親に聞いたことをティルは思い出した。


「レベル100なんて『五大英雄』以外に到達できた人はいないけど、夢があるよね」

瞳を輝かせ、少年のような笑みを浮かべているライオスにティルは深く頷いた。

「ライオスさんにとって、『英雄』ってどういう存在ですか?」


ごく自然な流れでティルが問う。

「どういう存在か……雲の上過ぎてよく分からないけど、この人達がいれば世界は平和なんだろうなーって思えることから」

「守ってくれる、ていう事ですか?」

「うん、そういう意味も勿論あるけど。なんていうか、こう。例え天変地異が起きて、世界が真っ二つに割れたとしても、稲妻よりも早く来て助けてくれそう。あはっ、僕っぽくない吟遊詩人みたいな語り口調だったね」


恥ずかしそうに笑うライオスを尻目に、ティルはあの男に叫んだ誓約を思い出していた。

当たり前だが、彼我の差は歴然としている。

数百年かかっても、その足跡すら見えないほどまでに『英雄』は遠すぎる存在だ。


「どうしたの、ティル君。久しぶりに外に出た挙げ句、騒いでたから疲れが出たのかな」


ぼっー、としていたティルの眼前で手を大袈裟に不利、心配そうな口調でライオスが声をかける。


「ああ、すみません。続きをどうぞ」


ティルが手で促した。


「疲れているならいつでも言ってくれよ。それで、等級があるから……数字の方の話だったね。数字の等級は四地帯を区分するのに必要だったから作られてて、要塞都市限定みたいなものだよ。最下級から中級が五等、上級と最上級が四等、琥珀から黄玉級が三等、碧玉と紅玉が二等、そして金剛石級が一等になるんだ。五等が豪華な宮殿、四等が燃える砂漠、三等が輝く湖畔で二等が美しき庭園。一等は規格外だから区分には向いてないんだけど、二等冒険者が太刀打ちできないようなモンスターが出現した際だけ、一等冒険者用の討伐依頼が出されるんだって」


聞いている途中から頭痛が痛いという状態になったティルは半ば理解を諦めていた。

それを察してか、ライオスがティルを気遣って言葉をかける。


「ティル君が現状、知っておくのは君が最下級の五等冒険者だってこと」


とびっきりの笑顔とサムズアップを掲げたライオスから放たれた致死級の一言はティルの心を抉るのに十分だった。


「あの……疲れたので、寝ていいですか」

「いいとも!君の部屋は階段を上がってから廊下を進んだ一番奥だから。間違えて……間違えた風を装って女子部屋には入らないでくれよ〜」

「ラ、ライオスさん!」


直ぐにティルは訂正を求めて声を上げた。


「冗談、冗談だよ!女性陣はリーエスさんとギルマスが別々の部屋で後の三人は大部屋。君の部屋は今まで倉庫として使ってたからちょっと埃っぽいかもだけど、広さは十分だと思うよ」


恐らくライオスもティルと同じく、背中に殺気を感じたらしく、慌てて訂正する。


「お風呂とシャワーは階段上がって右手側。温水は出るけど無駄遣いはしないように気をつけてくれ。最初は大目に見るけど、ティル君だけギルドへの納付金が増えるかもよ」

「そ、それは……納付金ってどれくらいなんですか?」

「ティルくんなら一日、二〇〇〇ディネロぐらいかな。ギルマス達がガッツリ稼いでるから、払えない日があっても大丈夫よ」

「そ、それは……」

「あははは、君は本当に生真面目な性格だね。ほら、疲れてるんだったら早く寝たほうが良いよ。今日は僕達で片付けとくけど、明日からはしっかりと働いてもらうから」


小人族の中性的な顔立ちに高めの声。

ライオスのウィンクは相当な破壊力があるとはティルは悟った。


「お先、失礼します」


ティルは争いが繰り広げられている今を後にし、階段を上って自室を目指した。

丁寧にワックスがかけられている床は光沢を放っており、ギルドにいる誰かがマメな性格をしている事を示していた。

予想外に長かった階段を上りきり、ライオスから伝えられたとおり廊下を進むと、突き当たり右側にある部屋の扉に、ティル・ベイリー、という板が釘から紐で下げられている事に気づいた。


「失礼します」


ライオスのイタズラである可能性も踏まえ、階下にここの住人が全員いたにも関わらず、ティルはゆっくりと扉を開けた。

まず、目についたのは半円窓が上にある大きな窓だ。

そこから差してくる夕日がベッドを照らしている。


「これは……リーエスさんかな」


机に椅子と最低限な物しかない殺風景な部屋ではあるが、どれも頑丈そうで利便性に長けている事が分かる。


「こっちはシエラさんだな」


天井から吊り下げられている部屋にある唯一の光源であるランプには太陽を象ったランプシェードがあった。また、ランプの横が開いていることから、そこから魔晶石が入れて光を灯すのだろう。

部屋の隅にティルが前の家で持っていた衣服、持ち物、雑貨などが積み上げられているが、そこまで持ち物が多くないため、あまり邪魔にならない。


「んー、クローゼットか収納できる棚を買いたいな。でも、足元が寒いから絨毯か熱源灯も買いたいし。悩ましい」


衣服が積み上げられている山から下着と寝間着にしようと考えていた服を取り、タオルと呼ぶにはおこがましい布切れを手にする。

一階から聞こえるライオスの怒号と、アレイアの声に微笑ましく思いつつ、ティルはシャワー室へ入った。


鍵をしっかりとかけ、服を脱衣籠へと放り込み、脱衣所と浴室を分けている曇硝子製の扉を開ける。

そして、珍しくも浴槽とシャワーが分けられており、ティルは大衆風呂を連想しながら、浴槽にお湯を溜め始める。

お湯を沸かすにはそれ相応のエネルギー、魔晶石が必要にはなるものの、それほど消費するものではない事をティルは知っている。

この設備を整えるのに莫大な金がかかり、ライオスが先程言ったのは冗談であった。


「リーエスさんのご両親はお金持ちだったんだろうな。温水設備を完備してる一軒家

なんて、僕じゃ一生買えないや」


庭付きのレンガ造りの家。

一階にはキッチンと居間があり、他にも数部屋あるような間取り。

それに加えて二階にも何人もの人が寝泊まりできるだけの部屋があるのだ。

この浴室にも、壁には鏡がかけられており、シャワーヘッドがあって浴槽もある。そして極めつけは、天井付近から垂らされている観葉植物だ。


―――リーエスさんは植物が大好きなんだろうな。


「……ッ!石鹸⁉」


考え事をしながら髪をすすぎ、何気なく手に取っていた石鹸の存在に気が付きティルが驚きの声を上げる。


「これ、使って良いんだろうか」


ライオスから使うなと言われた記憶はないが、もしかしたら言うのを忘れていたかも知れない。

激怒しているリーエスの姿を幻視しつつも、既に手で泡立ててしまった分を恐る恐る髪に乗せ、更に泡立て始める。

汚れが溜まっていたせいもあり、思っていたより泡立たなかったのだが、髪を流した時に石鹸という物の偉大さをティルは痛感することになった。


「あれ……僕の髪色ってこんなに青みがかっていたっけ」

湯気で曇った鏡に温水をかけ、再びティルは自分の髪色を確認して、確信した。

「嘘でしょ……」


生まれて初めて自分の髪色を知ったティルは驚きを通り越して、ただ呆然としていた。

その時、廊下が騒がしくなり、ライオスの声が聞こえたと思った次の瞬間、メキっという嫌な音と共に扉が勢いよく開いた。


「私がティルの背中を流してあげる!」

その後、何が起きたのか多くは語るまいが、アレイアがその毛細血管を切らせる結果となった。

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それでも半亜人は英雄を目指す きぃつね @ki1tsune

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