最終話 道なき道のエリザベータ

 リズが3年強の眠りから覚めて数日後、ラヴェリア王国、王都近郊の飛行場にて。

 関係者以外の立ち入りを禁じたこの場に、一隻の飛行船がある。


 それを遠くから見つめるリズ。彼女の周囲にいるのは、まずは飛行船に乗り込むクルーたち。マルクら、かつてよりの戦友たちに加え、対ヴィシオス戦線で空戦に関わった戦闘員の姿も。

 そうした面々の中には、新たな仲間ヴィクトリクスに加え、ネファーレアとファルマーズの二人も。


「今更だけど、本当に良いの?」


 前々からそれとなく遠慮して見せていたリズだが、出発を前にして、今一度の確認を口にした。


「僕は、あくまで動作試験のつもりだから。うまくいったら帰るよ」


「それならいいんだけど……私も試運転のつもりだし」


 弟の方は、本格的についてくるといった感じはない。残るは妹の方だが……彼女は心配そうな目をリズに向けてきた。


「お邪魔ですか?」


「そうは言わないけどね……危ないから心配なの」


「……お姉様を野放しにする方が、正直言って……」


 考えを改める様子のない妹に、「言うようになったじゃない」と攻撃的な笑みを浮かべ、リズは首根っこを軽く腕で抑え込んだ。

 姉妹二人、笑顔でじゃれつきながら、リズの目は見送りの方へ。「お借りします!」と声をかけた先には、ネファーレアの実母クラウディアが。彼女はしずしずとした所作で、深く頭を下げた。


 見送りに来ているのは、ラヴェリアの魔導技術技師が大半。後はラヴェリア王族である。

 その中には、隠棲してるという前王ヴァルメシュの姿もあった。


 リズにとっては、3年ぶりの再会である。なんとなく気まずい思いもあって、今に至るまで遠慮する思いはあったのだが……

 彼女は思い切って、父の方へ足を向けた。


「陛下」


「言葉遣いはしっかりしなさい」


 退位した当人としては、やはり現国王への面目もあるのだろう。堅苦しくたしなめてくる彼に、リズは――少しだけ逡巡しゅんじゅんし、口を開いた。


「父さん」


 言葉遣いをと苦言を呈されてからの、この言葉。呆気に取られて真顔になる彼も、少しすると呆れ気味ながら優しい顔になった。


「何だ」


「……今でも、何か見える?」


 他人の影の中に、その者がたどり得る最期を見出すという、彼のレガリア《死端の眼テルミヌス》。これを指しての問いに、彼は首を横に振った。


「今は何も」


「そう」


「自分の中で、踏ん切りがついたのだろうな……」


 呪いのような力から開放された彼は、実際、リズから見ても穏やかな感じがあった。

 とはいえ、見送る側として複雑な思いもあるようだが。


「あなたたち、決して無理はしないように。今日のところは、すぐ帰るのよ?」


「わかってる」


 念を押すアスタレーナに、至って真面目に言葉を返すリズ。

 次いで、ルキウスが前に歩み出た。彼が手にしているのは、布に巻かれた細長い棒状の物体だ。

「これを」と手渡され、リズは包みを解いてみた。

 中に入っていたのは、一振りの剣である。どこか懐かしい気がしたリズは、兄に目配せをして、軽く剣を引き抜いてみた。汚れなき白銀の刃が、陽光を受けてきらりと光る。


『お久しぶりですね、マスター!』


「!??」


 手に馴染む感じさえ覚えているものの、こうした言葉をかけられるいわれはない。

 かつての魔剣に比べれば、刀身が放つ響きは、音色というのが似つかわしい心地よささえあるのだが、リズには違和感の方が大きく勝った。

 思わずたじろぐ彼女に、この件に関わったと思われる面々が笑みをこぼす。「実はですね」と、レリエルが事情を話し始めた。


「お姉様愛用の剣を打ち直すにあたり……そのままというのも、少し問題がありましたので。まずは余計な手を加えず再生した後、剣自身の同意を得た上で色々と契約を施し、調整を加えました」


「そういうことね」


 もう、あの傲岸不遜な相方はいないのだ。そう思うと、少しばかり寂しさを覚えないでもない。

 そんなセンチメンタルを、新たな剣が消し飛ばした。


『マスターと共に、新たな歴史をこの身で刻んでいけると思うと、喜びに打ち震える想いです!』


「あ、ああそう……あなたの名前は?」


『《闇祓いルシフェリア》です、マイマスター!』


 前身が《汚染者インフェクター》だったのだから、随分な変わり様である。

「よろしくね、《闇祓い》」と声をかけるリズに、剣は『はい!!』と心底嬉しそうな声を放った。かつての魔剣とは大違いだが……


(まぁ、いっか)


 憎まれ口こそ叩かれなくなったものの、これはこれで新鮮である。愛くるしいうざったさとでも言うべきか。誰がベースになったか、甚だ疑問だが。

 ともあれ、新たな仲間を鞘に収め、リズは見送りの面々に向き直った。


「じゃ、行ってくるわ。今日は、そうは長くならないと思うけど」


「ん、日が暮れる前に帰ってこいよ」


 砕けた調子で行ってくる国王陛下に、リズは芝居じみた様子で「仰せのままに」と応じた。


 彼女を先頭にして、一行が飛行船に乗り込んでいく。同乗の技師がテキパキと動き、やがて飛行船が地を離れて、少しずつ浮上を始めた。

「いよいよだな」と声をかけるマルクに、リズは不敵な笑みで応じた。


 この飛行船は、これから魔界へ向かうこととなる。


 3年前の当時、大魔王ロドキエルを倒したとしても、事の根本が解決されるわけではないというのは知れていた。

 結局のところ、本体は魔界にいるのだ。

 加えて、彼が侵略を実行できた以上、他の大魔王が現れないという保証などどこにもない。


 そこで、あの決戦に向かう直前、マルクがリズに持ちかけたのだ。

「無事に生き返れたら、魔界でも攻めに行こう」と。

 それは、リズにとって生き返る理由のひとつとなっていた。


(この件を持ち出されなくても、生き返れた気もするけど……)


 というのが正直なところでもあったが……

 ともあれ、負けっぱなしでは終われないというのが、自他ともに認めるリズの精神性であった。この、新たな船――


「なんて名前?」


「正式には決まってないよ。書類上は試作型界境渡航船だけど」


 開発責任者ファルマーズの返答に、「それはそれでカッコいいわね」と応じるリズ。


「ま、名前のことは置いといて……うまくいく自信は?」


「小型の試作はうまく行ってるよ。ま、信じて」


 彼にこう言われては、疑えるはずもない。全幅の信頼を胸にリズはうなずいた。

 やがて、高度を大きく上げた飛行船は、雲を突き抜けた。白い大海原の上を、徐々に速度を上げていく。風防の役割を果たす魔力の防御膜が、少しずつその輝きを強めていき――

「えっと、この後どうなるの?」とリズが尋ねた。他の面々も、実際にどのように機能するか、専門職以外は理解していない様子だ。

 そんな中、落ち着き保つファルマーズが口を開く、


「一定の速度に達した後、船首付近で大容量の魔力を放出。次元の壁を弱らせたところで、速度と質量、魔力を併せ持った船体をぶつけて、壁をこじ開ける」


「……なんか、すっごく力押しじゃない?」


「姉さんにはピッタリだと思うけど?」


 生意気な口を叩く弟だが……リズをよく知る面々は、大きな笑い声を上げた。

 実際、リズとしても否定しづらい部分はある。頭を働かせて状況を整えても、結局は力づくで道をこじ開けるような人生だ。

 どこへいっても変わらない自分を思って、リズはフッとため息をついた。


「じゃ、景気づけに号令でも出しましょうか」


 皆が見守る中、リズは船首の方へと歩を進め、新たな魔剣を抜き放った。白い光たたえる刃を宙に掲げ、高らかに声を放つ。


「出発進行! いざ魔界へ!」


 彼女の声とともに、視界が白に染まり、飛行船の巨体まるごとが次元の壁を跳躍していく。


 元王女の大冒険は、これからも続いていく。

 道なき道をこじ開けて、どこまでもどこまでも……

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私の首は玉璽か何か? ~アハハ! 国を追われた私、命まで追われてるんだけど~ 紀之貫 @kino_tsuranuki

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