空を見上げる

空を見るのが好きだった

幼い頃から空を見るのが好きだった


青い空

真っ赤な空

灰色の空

雨を落とす空

世界を白く染めようとする空

そして

銀色に輝く大きな月の浮かぶ空


馬鹿みたいに口を開けて、空を見ていた


理由なんて分からない

ただ、空を、上を見ていた


だけど、そんな自分は叩かれた

なにをしているんだと頭を叩かれた

もっとちゃんとしろと頭を叩かれた

どこを見ているんだと頭を叩かれた


傷付くたびに下を向いてしまう

地面を見つめて、足先を見つめて、愚かな自分を見てしまう

どうしようもない自分の手のひらを見てしまう


少しずつ痛みを忘れ、前を向くようになる

時間が痛みを一時的に忘れさせる

そうして、また空を見上げる


ああ、空は変わらないと空をまた見上げる

違う色を見せても、空は変わらない


だけど、また頭を叩かれる

現実を見ろと頭を叩かれる

言うことを聞けと頭を叩かれる


また頭を垂れる

地面を見つめる

でこぼこ道を見つめる

滲む視界のまま眼の前を見つめる


そんなことが繰り返される


痛みと悲しみと苦しみと

絶望にはまだ足りない暗闇の中で

空を見上げる頻度は減っていく


頭上の空よりも思い出の中の空を見ることが多くなって

いつか見た記憶の空だけが綺麗な空のままで

いつだって空はあるはずなのに

あの日見た空の下に帰りたくてどうしようもなくて


痛みと悲しみと苦しみと

月だけが綺麗に輝く暗闇の中で

空を見ているはずのなのに

掲げる手のひらをただ見つめて


見えているはずなのに

今も同じ綺麗な空が見えているはずなのに

なにも見えなくて

空が見えなくて

あの日の青い空も、赤い空も、灰色の空も

もうなにも見えなくて

もうなにも見えなくて


それでも、今も

空を見ている

空を見上げている


ずっと、ただただ空を見上げている


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残照 雪月 @ao_ao

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