村に行った話
福岡西部の糸島と唐津の間の山の奥にある廃村に行った。地図に無い村としてもあまり知られてもいない部類に入っており、市役所に行っても、図書館に行っても、これといった明確なデータも残っていないような、あるのかないのかもわからない村。
幻と言えば聞こえはいいが、それは嘘と隣り合わせだ。
実際、あった。家はボロボロになって崩れ落ちているものばかり。雨宿りにさえならないくらいに屋根は無くなっているし、木造の腐った壁が生命力のある木の枝に突き破られている。舗装されていない地面は、どこが道だったのか、その名残すら残っていない。
しかし家はいくつもあった。
木造ながらまだ家としての体裁を保っているものもあった。
数え切れた。
片手で五本。指の話ね。厳密には五軒。
一軒目。
ドアのガラスは割れていた。鍵は概念ごとなくなっていたが、建て付けが悪いのか開くまでに時間はかかった。
防塵マスクをして、中に入る。
廊下に遺影が飾られていた。白黒の老婆。穏やかな顔で、玄関からやってきた客人を迎え入れてくれる。
遺影は他にも飾られていた。廊下に十枚ほど。全部白黒で、埃もひどい。保存状態は良い方で、黒い目と白い髪が並んでいる。玄関のとは別の人物だが、面影はある。
畳の部屋は踏むだけで怪しい音がしたので慎重に歩いた。襖に数枚。壁に数十枚。欄間にも数枚。こちらを見下ろしているようにも見える。窓があった部分にも数枚。窓を覆い隠しているようにも見える。
畳の部屋の遺影たちは、似ているのと全く似ていないのと、全く似ていない方に似ているのと、そうでないのと。この家に住んでいた家族だけのものではないことは確かだ。親戚の遺影と考えるにしても、もうちょっと面影くらいはあるはず。
仏壇はどこにもなかった。家のどこにも。
二件目。
木製の雨戸で覆われた家は、真っ昼間でも暗かった。電気など通っているはずもなく、懐中電灯で探索した。
玄関は三和土で台所と一体になっていて、丈夫ではある。ただ部屋に上がる玄関の框は一部腐って抜け落ちていた。
玄関からそのまま部屋に直結している。廊下は奥の方にありそうだ。
遺影はなかった。
代わりに大きな穴があった。
その穴を埋め尽くすように、大量の仏壇が捨てられていた。
恐らく、元々は部屋を埋め尽くすくらいの数の仏壇を置いていたのだろう。床が腐り、その重さと数に耐えられず、穴が空いたのだ。落ちていった仏壇も、薪のようにバラバラに崩れていた。
遺影はやっぱりどこにも飾られていなかった。一軒目にあったのは、ひょっとすると村全員分の遺影だったのか?
少なくとも目の前の仏壇達は、この家のものだけではなさそうだ。
三軒目。
学校の靴箱みたいな棚が入口から並び、その一つ一つに壺が置かれていた。壺には名前が書かれており、名前はもちろん苗字もバラバラ。
恐らく村全員分の骨壷がこの家に収められていると思われる。
窓は全部割れており、一部木々が入り込んでいた。湿った風がずっと通っていて、床はコンクリート製で、ひび割れこそあるものの腐って抜け落ちたりはしていない。苔が所々に生えていた。
家というよりは、村の中で共有する形で使われていた何かの建物だ。
奥には井戸や水場もあった。蛇口は錆びて回らない。ここ最近水が流れた形跡もなかった。
四軒目。
先ほどの三軒とは見違えるくらい状態が良く、人が住んでいた形跡もわずかに残っている。
居間も寂れてこそいるがとりわけ状態が悪いわけでもない。割れた茶碗や埃だらけの電気機器もある。日当たり良好。畳の一部が日焼けして変色している。
居間の先には縁側……というよりは広縁か。埃の積もった机があり、机と同化しかけていた本のようなものが積み上げられている。一番上のものを手に取ってみる。日記だった。日光で劣化が加速している。掠れ、滲み、破れ、擦れ、虫食い穴。読めたものではなかったが、日付が書かれている箇所がかなり多いことはなんとなくわかった。日記かもしれない。
この家には死にまつわるものが特に無い。強いて言えば日記がそれに該当する?
五軒目。
木製のドアが朽ちかけており、入るために開けようとすると壊れそうだったため、一旦家の周囲を見てみる。窓はある。しかし無数の細長い木の板で覆われていて、よくわからない。
勝手口があった。木の扉には穴が空いており、わずかでも扉の役割を全うさせようと、穴の全体に蜘蛛が巣を張っていた。
壊れそうなくらい脆くなった扉をゆっくりと開けて、勝手口から入る。土間だ。ひび割れた三和土から雑草が生えている。
薄暗さの原因となっていた窓を覆う木の板の正体は、大量の卒塔婆だった。強風対策にしては罰当たりだし、卒塔婆自体にそれほど強度はないのでは?
部屋はそこまで広くはない。畳は傷んでいて、多分上がり込もうとすれば踏み抜いてしまうかもしれないから、土間から部屋を眺めることにした。
部屋の中央にも卒塔婆がある。
閉じた傘状に立てかけられている。
手前には埃被ったマッチ箱。すでに湿気でダメになっているらしい。火をつけようとしたのか、失敗作のマッチ棒が数本転がっている。卒塔婆のお焚き上げを家ごとやろうとしているようにも見える。結果的に家が残っているということは、途中で失敗したか放棄されたのだろう。
全軒見てきたが、やっぱり四軒目だけ異様だ。思わず戻ってきてしまった。状態が良すぎる。
もう一度入ることにした。
居間を通り、日記のあった広縁へ行く。
奥のほうに扉があることに気づいた。
納屋だ。家と直結するように、後から建てられたのか。それにしてはあまり使われている形跡がない。なんのために建てたのかもわからないくらいだ。
セメントの入った袋と、おそらくそれを均すための器具、バケツ数個。後は塩ビのパイプが十数本。それくらいしか置かれていない。そういえば確かに、三軒目の骨壺の家の水場は使い物にならなかったし、なんとか改修して使えるようにでもしようとした名残だろうか。
納屋の奥にドアがある。多分ここから外に出て、水回りの工事をしようとしたのか。
ドアを開けた。
違った。
村に来た時点では、朽ちた家と生い茂った木々に視界を阻まれていて気づかなかった。しかし納屋の先にあるこの空間は、さっきまでいた廃村の雰囲気とは全く違い、凄く視界が開けているし、日光も程よく当たって明るい。
多分、白いコンクリートで固められた地面が光を反射しているのも明るい理由の一つだ。今まで訪れてきた廃屋の倍ほどの広さで、背にしている納屋以外の三方は、やはり雑木林で囲まれている。そこから小枝、虫、葉っぱがコンクリートの上を滑るように風に吹かれながら横切っていく。
パイプは、水道の工事に使われているわけではなかったらしい。コンクリートの地面から一定間隔でパイプが刺さっている。確かにパイプを地面に突き刺すのは、井戸を埋め立てたときの空気抜きのためだと聞いたことはある。
しかし井戸の埋め立てにしてはパイプが多すぎる。等間隔に刺さったパイプは横に七本、それが七列。計四十九本がコンクリートの地面から伸びている。
更にそのパイプ全部に二枚の紙垂が付いていて、多分パイプを幣串とした御幣なのだろうとは思う。
供え物?
それともお祓い?
どっちにしても、そこから先に足を踏み入れる気にならなかった。何も見なかったことにして納屋に戻った。
ドアを閉める寸前で、鈴の音がしたが、何も聞かなかったことにした。
まとめ。
遺影、仏壇、骨壺、卒塔婆、それらを分割して一箇所にまとめる意味は未だにわからないが、ある種のローカルルールなのか。パイプが刺さったあの場所も、多分即身仏か。仏教あるいは密教の領域だが、パイプに飾られた紙垂だけは神道の領域だ。少なくともそのあたりの宗教が混ざった民間信仰の村ということは推察できる。
先祖の死を五軒に分割して供養し、末裔が即身仏としてコンクリートの下に?
廃村には廃村になるだけの理由があるのはわかるが、こういう形で人がいなくなり廃村になるとは考えもしなかった。
結局村には誰もいなかったわけだが、四十九の即身仏を埋めるための人間が必要だから、廃村とは言え誰もいないわけではなかったのだろう。
VTuber氷喰数舞の試し書き小説 氷喰数舞 @slsweep0775
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