第24話 続きの間

 港町らしく焼き海老だとか、海の向こうからもたらされた干し果実なんかをいただきながら、ちい姫と母御と国の話なんかをした。

 「おとびら」が開かなくてよかったと言ってくれる二人に龍が近づいている話をするのは心苦しかったが、二人はあっさりと言った。


「龍の話なら噂になっているわよね、命婦みょうぶ

「ええ。暮れ方に出入りの娘が知らせに来たので褒美を取らせましたよ。また春先に流行りがちな煽り話よ、人心が乱れてはことだと思い口を噤ませましたが」


 長い裾をものともせず手伝いの女たちを取り仕切っている女房が、きびきびと答える。


「もう人の口に乗っているの? 龍のことを知っているのはわたくしと同行したクラだけだと思っておりました」

「商人の中には鳥獣を飼いならして文のやりとりをする者がいるそうですよ。うちの若君は噂話が殊の外お好きでいらっしゃるから、珍しいことが起こると皆屋敷に知らせに走るのです」

皇子みこは昔から、見たい知りたい触れたいのだとゆかしさを押さえられぬたちですからね。それゆえ、目離ししてはならなかったというのに……」

「大姫」


 女房の命婦みょうぶが遮るように声を上げ、ちい姫を見た。


「まあ」


 つい先ほどまではしゃぎ笑顔を絶やさなかったちい姫が、こくりこくりと船を漕いでいる。

 そのほほえましさに場がほころんだ。


「ちい姫さま、もうお休みになっては?」

「うぅ……わたくし、兄上このかみ様のお戻りまでもっとユメさまとお話ししていたいのに……」


 ぐずぐずと目元を擦るのもかわいらしい。

 母御が穏やかに促した。


「ユメさまのことも休ませて差し上げなくてはね」

「はい、お母さま」

「ユメさまをお部屋にご案内していらっしゃい。あなたが指示してしつらえたのでしょう」

「そうです! ユメさま、こちらよ」


 目を開いたちい姫が、幼子のようにこくりと頷く。

 ちい姫に手を引かれるユメにこそりと女房が声を掛けた。


「後ほど湯をお持ちいたしますね」


 はて、お湯とは。


(旅路で汚れているからかしら。それとも、そういった期待を持たれているのかしら)


 意図の言い開きもなく男たちの元へ向かってしまったアラライに、少し恨みがましさを感じた。




 続きの間は、昼間通されたときにあった書見台なんかが端に片付けられ、畳と綿入の衣が用意されていた。ほのかに香のよき匂いもする。

 そして、大きな襖で隣室と区切られていた。

 礼を言うと嬉しそうにしたちい姫が、そわそわとユメを見上げた。


「ユメさまは兄上このかみ様と特別に親しくなられるの?」


 問いながら、気恥ずかしげに襖に触れる。


「そうだったらいいな。ユメさまだったらわたくし……」


 矢継ぎ早なちい姫の言葉に、ユメは慌てて事実だけを口にした。


「わたくしは生きてる限り穂高の後継ぎよ。婿君を迎えなければいけない立場だわ」

「そう……そうなの」


 ちい姫は素直に残念がった。

 さらに言うなら、その婿は従兄になるだろう。思い出してユメも気落ちした。


「ではいずれ帰ってしまわれるのね」

「龍を倒すすべを見つけて国に持ち帰るのが、わたくしに課せられた使命だもの」


 無理に奪い取ってきた使命と言えなくもないが、今ユメが連れ戻されずにいるのはこの言い訳が成立しているからに他ならない。

 ちい姫が不満げに言った。


「ユメさま、やっぱり使命って大事なもの? わたくしたちはそのために生きなければならないの?」

「それが、わたくしにもわからないの」


 そして、未だ人けのない襖の先を考える。民に一心に尽くす彼もまた、使命に捉われているように見えた。それに彼の行動は全面的に支持を得ているわけでもない。


「もしかしたらアラライにもわからないのかもしれないわ」


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