第23話 大国のちい姫
屋敷に長らく間借りしている女たちが日々の飯炊きを担っているらしい。いっとう大きな焼き魚をアラライのために残してから、ふっくらと焼きあがったものをユメの前に置いてくれた。
ちい姫は少し気落ちした様子ながらも女たちに指示を出し、くるくるとよく働いている。その姿は姫というよりも女房のようだ。
そんなちい姫の顔に、一転して表情が乗った。奥から出てきた年嵩の女性に駆け寄ってゆく。
「お母さま!」
明らかにその女性と女性に付き従う女たちは、他の者とは姿が違った。
重ねた色とりどりの
その胸に飛び込むちい姫の
「ちい姫、ふくれっ
「
背伸びをしても、ちい姫の頭は受け止める母親の肩の上にしか届かない。ちい姫をやさしく見下ろす母の顔立ちは、涼やかな目元もそれを飾り立てるまつ毛の細やかさも、筋のうつくしい鼻の配置さえアラライとよく似ていた。
ちい姫もアラライと並べると誂えたようにうつくしい一対の兄妹だと思ったが、どちらも母親の血が色濃く表れた結果なのだろう。二つとないほどに人目を惹く、くっきりとした造形の美貌を持つ母と子のあいだには、経てきた年数と色彩の妙しか横たわっていなかった。
ユメはその事実に、しばし見惚れた。
「民を
「おやめなさい、ちい姫」
「皆わたくしたちを
「またお話しが過ぎていますよ」
「お母さま……だって……」
「屋敷に国元から届く品は、
「でも、……民の不足を見過ごすことを、
「悲しまれるでしょう。そういうお方です。それがいやなら、
「……はい」
ユメの座する位置からは、母娘のやりとりがよく見えた。とりわけ、平静な言葉に反して母親の目に娘への憐憫の情が浮かぶのが。
父皇に捨てられこの地へやって来たとアラライは言っていたが、それでは彼女たちの立ち位置はどう思えばよいのだろう。捨てられた
アラライには頻繁に周囲に下賜するほどの
では、この二人は?
八年前。
通常、妻や娘というものは父が存命である限り、長男ではなく父に属するように思える。
いささか
幸いユメの内心の疑義は誰にも気取られることはなかった。
女房たちがそそくさと膳を整えていく中、ただひとりユメに目を向けたちい姫の母も、ユメのことはちい姫をなだめる材としてのみ意識した。
「それよりも、あなたは
「――! ごめんなさい、ユメさま」
実に素直にちい姫が振り返る。
思えばちい姫という名乗りも奇妙だ。呼び名としてはごくありがちなようだが、人前で口には出さない
「わたくし、ユメさまがお持ちのうつくしい
はじけるような好意を余すことなく顔に乗せてくれるちい姫。
小さな体の持つ
けれど、その明るさの隣にはさまざまな思いがうずまいていて当然だ。
ユメは自分の胸に手を添えた。ちい姫の境遇は厳密にはユメとは異なるけれど、胸の内に持つ
「ちい姫さま。わたくしもこの夕餉がとても楽しみだわ。けれど、おはなしはたのしいことばかりでなくともよいと思うの。わたくしの心には飾ったお話よりも、ちい姫さまの心からの言葉のほうが大きく響くわ。誰の人生も――無論わたくしの生も、ただ楽しいばかりではないもの」
ユメの言葉に、ちい姫がすっと息を飲んだ。
泣きたいような、くすぐったいようなしぐさで顔をくしゃりとさせる。
「わたくし、ユメさまのここに至るまでのことをお聞きしたいわ」
小さな声でそう言った。
ちい姫の目には、悲しみが先立つほどに深い共感が浮かんでいた。
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