第11話 黄金日子(二)
「あら? 戸口に錦が――。ひとつふたつではないわ。どの家も驚くほど美しく戸口を飾っているのね。
「国ではなくほんにこの付近だけの決めごとで……。黄金日子様をお慕いするあかしに、下げ渡しの品をああして飾っているんです」
「これが下げ渡し……? あの房飾りの深い染め色は見たことがないわ。向こうは綾絹に、翡翠、
穂高の蔵にさえ、この通りに飾られている品々の半分もないだろうという豪華な顔ぶれだ。見目養われているユメだけでなく、誰が見ても手に余るほどの良品だというのは一目瞭然であろう。
それがこんなに無造作に軒先に。中には風雨や陽射しによる傷みが目に見えるものもある。
ユメは信じられない思いで目を見開き、ただそっと息を吐いた。
「すごいわ。壮観ね。盗られてしまったりはしないの?」
「それは絶え間なく。ですけど黄金日子様は盗られた家の者には優先して下賜してくださるから、そう悪いものでもありません。軒先から盗むほど困窮する者には幾らでもあげておしまいなさいとの仰せ、守らねばなりませんし」
ユメは頭が痛む心地がした。
ユメとて世間知らずの自覚はあるが、富は富としてその重要性も適切な扱い方も理解している。
ユメの手に――権力ある者の手に渡るまでに、民がどれほど手を掛け貢物を探し出し、織り、削り、時間をかけ加工しているか、ユメは知っている。
まるで価値を知らぬ民が勝手に行っていることならともかくとして、財ある者の指示だとは。
よほど浮世離れしているのか、浴びるほどの財があるのか、どちらにせよただびとではあるまい。
ユメは全貌がわからないほど続く塀に目を向け直した。ユメの屋敷がここにいくつ収まるほどだろうか。
「黄金日子様は……お優しい方なのね?」
「正直雲の上のお方の考えは私どもにはようわかりません。ただ、仰せ事のとおりにするとお喜びになりますから」
女はあいまいに笑った。
(優しい、とは言わないのね)
民を庇護し財宝を振る舞い、とても慕われているけれど、同時に民から理解できないと言われてしまう人。優しい行動を取っているように聞こえるのに、優しくは
よもや、ひどく曲者なのではないか。
「――ああ。
艶塗の飾り門の前が、まばゆく光を放っている。
曇り空の下、今日この日の太陽は化身として地上に降臨されていたのだ――ユメはそう直感した。
この世すべての財を頭から被ったようだとも思った。
空を見上げる男のうなじの横で、蜂蜜をとろとろに煮詰めて練り上げ筋にしたような甘やかな金糸の髪がまばゆい飾りに束ねられている。臀部の下まである毛先が、風をくすぐりかき混ぜる。
蘇芳色の絹衣が覆う背中は広く、けれど華美な布地を使用していないのか天上で紡がれたような黄金と張り合うには分が悪い。
名が聴こえたのか、男が雲間から目を離し、ゆったりと振り返った。
翠の宝玉が眼窩に確と鎮座している。玻璃のようでありながら、より奥の見えない深さを持った輝きが意志を持ってユメを捉える。凝視する。
ユメはこの目を見たことがある。これは龍のまなこ。神の持ち物。
これは神代の宝を身に贈られた男。
その瞳があたたかく和らぐ。
まるで侵すべからざる美貌であるのに、その品を崩さぬまま心を砕いた微笑みがユメに注がれる。
優美な色のある唇が歓迎の意を
「来るのではないかと思って、待っていたよ」
男の瞳に宿る確信が、ユメの胸の内を熱くする。
「あなたに逢いにまいりました」
「黄金日子にであろう?」
「――?」
男の念押しに、そのやわらかなまなざしの奥にちりと掠めたものに、ユメは二度瞬いた。
クラのものよりとてもわかりにくいけれど、恐らくこれも試しの目だ。
ユメは慎重に、真実だけを口にすることにした。
「
「成る程。この顔を訪ねてきたのであれば
頷いた男が愛想よく母子に笑みかけ、流れるような所作でユメの手から手綱を女に引き渡した。
「この
娘がきゃらきゃらと喜ぶのを制しながら、女が馬を引いてゆく。
それを見送る目には慈愛が宿っている。
男はそのままの目をユメにも向けた。
「さても、
豪奢な顔立ちからすると意外なほどに物静かな、情に満ちた微笑みが贈られる。そんな佇まいながら、翠のまなこは好奇心で明るく煌めいた。
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