第10話 黄金日子(一)
「
黄金を名にしおうとは、高貴であるとしても随分と思いあがったことである。
怪訝に問い返したユメは、直後水面に浮かんだ輝きを思い出した。その名にふさわしい人物を、ひとりだけ
胸の奥が早鐘を打ち始めた。
「
「まばゆかなる陽光の色の
「よくよくご立派なお方なのですね」
「まことに」
ユメにさほどの敬意を払おうとしない男は、黄金日子のことは大層評価しているらしい。肯定を込めた頷きには、信頼の情が深く込められている。
「この通りを六つ進み、近くの者に問うとよい。いささか治安のおろそかなる辺りではあるが、黄金日子様の客を無碍にはすまい」
大きな通りではないが、
ユメは迷わず頷き、家人に向き直る。
「お訪ねしてみます。助言に礼を言いますね。そなたの行いが
やわらかい手のひらとひらとを合わせる動作はごく自然で、僅かに引いた顎の角度さえもがうつくしい。
ずっと取るに足らないという顔で話をしていた娘の唇が、神を語る段になってはじめてやわらかく弧を描いた。
瞼を薄く伏せたために睫毛が
「――――っ」
「それでは」
ごく軽い別れの挨拶とともに、神は消え去った。あっさりと手のひらはほどかれる。
ユメは
無駄な力の入らぬ様子で歩くその背中は馬上になくとも過ぎたるほどに別格だ。
(まるで黄金日子様のようではないか。王に血の連なる者はみな
男は幻を振り切るように首を強く振った。
「
さて、そんな反応を気にも留めなかったユメは、物怖じもせず通りすがりの母子に声を掛けていた。
「黄金日子様のお屋敷はどちらに?」
「え? あ……あ、はい。こん左手の塀続くところすべて黄金日子様のお屋敷です」
着古した麻の衣を纏う女は幼い娘の手を強く握り締め、戸惑ったようにユメを三度見した。
そしておずおずと小規模な常用門を指差す。
「
「わたくしは……物乞いに来たのではないわ。黄金日子様にご用があるの」
「さようですか。しからばその、次の角を曲がった正門が入り口です。私どもも向かうところなんで、よければお連れしますが」
「お父ちゃまをお迎えにいくの」
女の衣の端から顔を飛び出させた娘が、にこにこと歯抜けの口で笑う。
その愛嬌ある様子にユメの表情もほころんだ。ぐっと親しみやすい雰囲気になったユメに、女の手の力も緩む。
「それでは頼みます。お父様はお屋敷勤めを?」
「そんな大それたものでは。ただ、今日はご下賜のお礼に男衆が朝からお池の掃除に出てるんです。黄金日子様は手余りな日にはいつでも屋敷で仕事をしてよいと言って賄いを与えてくださるから、辺りの者はみなお屋敷に出入りしている有様で」
女の恥ずかしげながらどこか誇らしいような顔は、彼女の屋敷の主への敬意をまっすぐに伝えてくる。
「黄金日子様は素晴らしい方なのね」
「あのね、この辺にあるのはみんな黄金日子様をおしたいして建てた長屋なのよ」
「黄金日子様のお屋敷ができてから考えられないほど人が増えてしまったんですよ」
「これがすべて? 随分と人徳がある方なのね」
言われてみれば、このあたりの区画に入ってから風化した屋根や朽ちた木壁を一度も見ていない。どれもが造りは簡素だが、色褪せず若い風合いだ。
驚き見回すユメは、そこに見逃せぬほど場違いなものを見つけた。
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