第9話 布谷の都大路にて
後方の混乱がどうあれ、ユメは悪意を持って関所破りをしたわけではない。単に
つまり、歓迎の出迎えだと思ったということだ。
気分よく馬を進ませていたユメの目は、
布谷国は穂高ノ国よりも国土の小さな国だと聞いている。だというのに、ユメは穂高の都がこれほどの活気と賑わいをはじけさせている光景を思い出すことができない。
(明るい染めの服を着るひとが多いのね)
見回せば、通りを埋める平家の向こうに建築中の塔がある。
ユメはこの旅の最中にも、こんなにも高く積まれた木組みを見たことはない。布谷国は随分と景気がよいらしい。
次に高い屋根を探すと、それもすぐに目に入った。
大きな馬の背にあれば、日頃目に映らないものも容易に目視できるようだ。
(高床式の食物庫でしょう。あれなら穂高のほうがもっと大きいわ。それに、あれは物見台かしら。きっと王の屋敷はそこね)
ユメが足を進めると、人混みの中であってもくっきりととおり道ができる。
布谷の民はよく弁えているのだなとユメは感心した。とても進みやすい。
女の抱えた笊に乗った菜っ葉も、男の背負った籠から顔を覗かせる魚も新鮮そうだ。布谷国は海に面しているのだという。
この慣れない臭いと風は、海に由来するものなのだろうか。それとも海向こうの大陸からか――。
物珍しさにゆったりと闊歩していると、向こう通りの角から男が飛び出してきた。
別の男の腕を引いてユメの方向を指差し、なにやら訴えている。
(あれは先ほど目にした、鮮魚を背負った男ではないかしら)
ユメに用でもあるのだろうか。腕を引かれた方の男がユメの全身を眺めながらしかめっ面で近寄ってくるのを見て、手元の手綱を引いた。
「その
「わたくしのこと? なにか用向きがおありですか?」
「私は布谷王に仕える
ユメのほうも、家人の姿を上から下までとっくりと見た。
他の民と比べて緩みのない、糊の利いた衣を纏った武人である。王の家人と言われて納得の姿に、ユメは信じることに決めた。
「わたくしは穂高の王の娘です。布谷の王にお伝えしたい件があり、打ち早んでまいりました。さても、わたくし荒らしたりなどしたかしら……」
「穂高の姫君であられたか。残念ながら往来を馬で行き交うことそのものが、民には大変な脅威である。関所で降りるよう
「関
ユメの要請に、壮年の家人はむすっと口を結んだ。
「所従はおられぬのか」
「この場にいたとしたらわたくし、はしたないと嗜められてそなたと口をきくことはなかったことよ」
「そのほうが互いに寧静であったと思うが」
その苦言をユメは黙殺した。
乞うて差し出した手をちらりと見たが、男はユメの腰を鷲掴みにすると大きく持ち上げて地面に立たせる。
「これでよろしいか」
「非の打ちどころのない働きね」
行き場を失った手を眺めながらユメは冷たく言った。
赤子のようにされずとも降り方くらいは心得ている。ただ少し高くて不安だからと、クラにもいつも手伝ってもらっていただけなのだ。
(わたくし、自力で降りられるよう訓練するわ)
ユメは憮然とした顔で誓った。
「それでは、王のもとへお連れくださいませ」
「さは及ばじ。我が王はただ今
家人の男の取り付く島のなさに、ユメは一瞬クラの案に乗ればよかったかと後悔した。
しかしユメがかの者――輝く御髪と翠のまなこの持ち主であれば、
それに、龍に蹂躙されるこの地を目に入れるのはなんだか気乗りしない。自国ならずとも惜しいではないか。せっかくの賑やかな営みが壊れてしまうのは。
しかと心が決まれば、ユメは食い下がる他ない。
「ですが、急ぎのお話しなのです」
「穂高国王よりの立て文があればお渡しすることは請け負おう」
「それは……」
立て文――正式に紙で包んだ儀礼的な書状は、なまなかに用意立てできるものではない。たとえユメが国を出る前に布谷の王への文を望んだとしても、王の伏せった穂高ノ国では速やかにしたためられたかどうか……。
それを思うと、この家人は遠回しにユメの意見を疎んじているのではないか。
ユメが恨みがましく彼を見上げると、家人は「あー」とわざとらしく喉の調子を整えた。
「思うに、姫君は
※
|打ち早む=馬を早く走らせる
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます