第5話 一の仙の挑発
一の仙はすくと立ち上がった。空気を支配しているのは未だこの少年だ。
「この男は私、仙の王子クラが貰い受ける。案ずるな。必ずや我が国に安寧をもたらそう」
「はっ」
王子の堂々とした言いっぷりに、仙ノ国の従者たちが感じ入ったように
「任せたぞ、クラ」
「果たしてご覧に入れましょう、我が王」
仙の王の言葉にも信頼が宿っている。
仙ノ国の意だけで進む展開を見せつけられ、穂高ノ国の国王代理である叔父はようやく我に返った。
「待て。ならんならん。我が国と言ったな? 龍に被害を被るのは穂高ノ国も同様じゃ。だからこのときばかりは合同で神事を行うのだろうが。其の国も
「そのとおりです。それをいけしゃあしゃあと我が物とするとは笑止。大体、仙ノ国など小国ではないか。穂高ノ国から龍を退けたのち、其の国へと連れてゆくのが道理というもの」
叔父とその息子の図々しい発言に、クラがむっすりと口を結んで頭を上げた。薄布の中の顔は怪訝そうに眉をひそめている。
「では、穂高ノ国からも使者を出すと? それは此方の止めるところではない」
「使者など、其方で足りるのではなかったか。……それともお前がゆくか? 息子よ」
「ええ? いやいやとんでもない。私には父上を補佐し民をまとめる役目がありますから、何処とも知れない先へ向かうなど到底できませんよ」
「では
「父上、こんな小娘になにができるって言うんです? ユメはせいぜい血筋が争いを呼ばないよう私が嫁にもらってやるくらいしか使い道がないでしょう。何をやらせても駄目な娘じゃないですか」
従兄はそう言いながらユメの腰を引っ張り、太腿から胸元までを撫でまわした。いつも執拗にユメの身体を触る人であったが、こんなに露骨にされたことはない。
カッとなったユメが振り払うのを妨げるように、母が泣きながら足に
「ムラから外にゆくなど、ユメにはさせられません。せっかく龍からお目こぼしをいただいたたったひとりの娘なんです。どうか、どうかお情けをくださいませ」
「まあ、そうじゃのう。ユメを遣いに出しても何にもならんか」
仙ノ国は一言でまとまったのに、穂高ノ国はこれだ。叔父の意見すら蔑ろにされ、誰もが我が身だけを見てなにも決まってゆかない。
その間もユメは従兄によいように触られながら、母の重さを足に受け、叔父に軽んじられている。意思のない人形のように。
(
屈辱に赤くなった目をきっと持ち上げたユメは、目の前の少年の黒い瞳がじっとユメを見ていることに気づいた。その幼い瞳にすべてが映っていることを自覚しユメが恥じ入ると、クラの瞳には軽蔑が宿る。
「であれば穂高ノ国は龍のうろこの下でそのまま役目を押し付け合っているがよい。時間が惜しい。私はゆきます」
寸分も待たず踵を返したクラの足がぎいと床板を鳴らす。
クラのまなこが目前から立ち消えるのを見て、ユメがひゅっと喉を鳴らした。身体がバネのように跳ねる。
ユメは今、この少年にきっかけを賜った。
今しかない。できる、できないではなく、ユメの望みに近づくにはやるしかないのだ。
足の指の五本すべてを意識する。喉を掻きひらく。
「待って! わたくしがゆきます。あの者はわたくしが国に連れてまいります」
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