第11話 君がいるだけで-最終話


 低い雲が空を覆って、北風が吹き出した。枯れ枝の多くなった緑道の植え込みの間を、犬を連れた少女が散歩している。遠くからそれを見つけた二郎は、駆け寄りながら犬の名を呼んだ。

「メリー」

犬は耳を立てて振り向き、尻尾を振って二郎を迎えた。二郎は少女と犬に追いついた。

「…ジロー君」

「やぁ。やっぱりそうだった」

理江子は、息せき切って近づいてきた二郎に戸惑いを隠せなかった。しかし二郎は犬のほうに目を遣っていたので気づいていないようだった。

「遠くだったけど、すぐわかったよ。リエちゃんとメリーだって」

「メリーもすぐわかったみたいね」

「こいつ、愛想がいいな、いつも」

二郎はしゃがみこんで犬をさすってやった。犬は尾を振って顔を二郎の顔に寄せてなめようとしている。くすぐったがりながらも、やめさせようとしない二郎の笑顔に、理江子はほっとした気分になった。

「いつも今頃散歩?」

「んん。もう寒くなってきたから少し早くにしたの」

「そうか、お前も寒いもんな」

二郎は楽しそうに犬の頭を撫でている。

「ジロー君は、……今日は、およばれじゃなかったの……」

「え、あぁ、うん。いま、帰り」

「今日は歩いて?」

「うん。ずっと緑道通って帰ってきた」

「…そう。…楽しかった?」

「ん、…まぁね」

「……そう」

 二郎は理江子に合わせて歩き出した。犬は時々二郎と理江子を振り返りながら、前を歩いた。

「リエちゃん」

不意に問いかけられて理江子はどぎまぎしてしまった。

「なに?」

「前に飼ってた犬は、シロ、だったよね」

「よく覚えてるわね」

「前のは毛が長くて」

「そう、スピッツの雑種だったから」

「随分大きかったような印象があるけど」

「…あたしたちも、ちいさかったから」

「幼稚園の頃だったよね」

「よく覚えてるのね」

「あの時だよ、リエちゃんと遊びだしたのは。ほら、幼稚園のお迎えで、リエちゃんとこのお母さんが連れて来てたじゃない」

「あぁ、そういえば。でも、数回よ。みんなが怖がるからって、先生にやめるように言われたの」

「ボクも怖かった」

「ふふ、ホント?」

「あとで、リエちゃんとこへ遊びに行くようになっても、初めは怖かったんだ」

「そうだったの」

「兄さんも、強がってたけど、ホントは怖がってたんだよ」

「知らなかった…」

「シロはオスだったからね、よく吠えたし」

「この子はメスだからかな。おとなしいわ。ケンカするときくらいかな、吠えるのは」

「ん、美人だよ」

「……いいな」

「え?」

「だって、ジロー君に褒めてもらえて…」

「飼い主に似たんじゃないの」

「ふふ、ホント?」

「ホント、ホント」

 二人は笑いながら道を辿った。雲間から太陽が覗いて日が射した。明るくなった風景に、一瞬目を細めた。

 二郎は犬に気を向けながら楽しそうに歩いている。そんな二郎の様子を伺って、理江子は思い切って話し掛けた。

「ね、ジロー君」

「なに?」

「あの、…お嬢様は、どうしたの?」

理江子が俯きながら、ためらいがちに訊ねると、二郎は笑顔を向けた。

「どうって?」

あまりに無垢な笑顔に一瞬言葉が出なかった。それでも、精一杯の勇気を振り絞って訊ねた。

「また……遊びにいくの?」

二郎は犬を見ながら答えた。

「来週、また食事に誘われたよ」

「……そう」

「でも、来週、試合があるんだ」

「……ん」

「それで、断ったんだ」

「…そう」

「ボク、一応レギュラーだからね」

「……ん」

「たぶん、出ると…思うよ」

「……うん」

「調子は、よくないんだけどね」

「…そう」

 「……クラブ、好きだから…」

  「…そうね」

     「……、応援…、来てくれる?」

  「え?」

   「たぶん、出ると思うけど…」

  「…ん」

 「来てね」

「うん」

 木枯らしが一閃駆け抜けた。身をすくめた理江子は、その時初めて二郎が軽装なのに気づいた。

「ジロー君、寒くないの」

「ん。まぁ、大丈夫」

理江子は纏っていたマフラーを取って二郎の首に掛けた。驚く二郎の顔を見つめながら理江子は微笑んだ。

「あったかい?」

「うん」

 二郎は犬の首紐を取って駆け出した。後ろ向きになって手招きしながら走る二郎を、理江子はスカートをはためかせながら、追った。

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グリーンスクール - 君がいるだけで 辻澤 あきら @AkiLaTsuJi

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