第10話 君がいるだけで-10
雲が切れた晴天の朝、下宿屋の前にロールスロイスが停まった。二郎が外に出ると、執事の佐藤が静かにドアを開き、それに合わせて二郎が乗り込んだ。そして静かに発進していった。
二階の窓から身を乗り出して見ていた一郎は、舌打ちした。そんな一郎の頭を後ろから綾が叩いた。
「ナニすんだよ」
「行儀が悪いわよ」
「チェ、うるせえやつ」
「なによ?」
「それよりも、ジローのやつ、頭にくんな。あのヤロウ、結局行きやがった」
「だって約束してたんでしょ」
「でもよ、何か腹立つな」
「いいじゃない。ジロー君、ハンサムだし、優しいからもてるのよ」
「あぁー!あや、お前、もしかして」
「だって、素敵じゃない。誰から見ても」
「お前、実はジローとデキてるな」
「ホント、ジロー君と先に出会ってたらよかったかなぁ。こんな、窓から覗いてるようなみっともない人よりは」
「へえへえ、オレはみっともないですよ。だけど、ジローのヤツ」
「でも、このまま、お嬢様とつきあったら、それでもいいんじゃないの」
「なんで!」
「だって、本命をはっきりさせればいいんでしょ。ジロー君の本命が、お嬢様だったら、それでもいいんでしょ」
「ダメ!」
「どうして?」
「どうしても!」
「…悔しいんでしょ?」
「バカ言え。オレがそんなちんけなやつだと思ってるのか?」
「じゃあ、どうして?」
「どうしても!」
「何か、ヘンね…」
綾はじっと一郎を見据えた。その視線に一郎が怯んだ。
「何が…」
「どうしたの、急におとなしくなって」
「べ、別におとなしくなんかなってないよ。オレは、ジローのやつは、リエちゃんかミエちゃんか、と、お似合いだと思ってるから…」
「ホントのこと言って。怒らないから」
「もう、怒ってるんじゃないの…」
「ホントはイチロー君、リエコさんかミエコさんのどっちかが好きだったんじゃないの?」
「…そ、そぉんなことは、ないぞ」
「ほらぁ、あたしの目を見なさい」
「そ、そうだ。今日は練習もないし、どっか遊びに行こうか?」
「ホント?!やったぁ!」
小躍りする綾の傍らで一郎はぽつりと呟いた。
「…ごまかせた」
部屋に戻ろうとした綾は振り返って訊いた。
「なに?なにか、言ったぁ?」
「いえいえ」
姿勢を正して顔の前で手を振る一郎を、変だと思いながらも綾は見逃して、自分の部屋へ急いだ。
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