第9話 君がいるだけで-9
「え?」
「ミエちゃんだったら、いいよ。あたし、ミエちゃんのほうがお似合いだと思う。……あたしなんか」
「何言ってるのよ。リエちゃん、勇気出して、大丈夫。ジローの気持ちはリエちゃんに向けられてるんだから」
「……そんな…」
「今日が最後だよ」
「え?」
「明日、ジロー君、お嬢様の家に招待されてるんだよ。そしたら、もうそのまま、ずるずる行っちゃうかもしれない。中川君が写真見せてくれたわ。きれいな可愛い娘よ。性格もいいみたいよ。ジロー君の話だと、事故のとき咄嗟に指示を出したのは、お嬢さんだって。ジロー君も、悪くは思ってないみたいよ」
「……でも…」
「今日だけだよ。もうすぐクラブ終えて帰ってくるわ。その時に、ひと言、言えば…、言わなきゃいけないのよ」
美恵子の剣幕に理江子は気押されてしまい俯いてしまった。美恵子は理江子の肩を掴んで理江子を揺すった。しかし、理江子は力なく首を振るだけだった。
「……そんな、……あたし…できない……」
「リエちゃん…」
「……あたし、も、ジロー君のこと好きよ。ずっと、一緒なら、いい、と思ってた。このままみんな一緒ならいいって。…けど、ジロー君が、もし、そのお嬢さんのこと好きなら、……邪魔できない」
「……リエちゃん……、あなたって」
「だって、そうでしょ、ジロー君が、そのお嬢さんのこと好きなら、もう誰も何も言えない……」
「どうして…?どうして、リエちゃん、そんなにいい子なの?」
「……あたし、……できない」
「……あたしが、訊いてきてあげようか?」
「ぇ?」
「誰が好きなのって」
「……んん。あたし……いいの。いまのままでいいの」
顔を背けてそう言い切る理江子に、もはや美恵子は言葉を失っていた。
* * *
掛け声が空に舞っている。土煙を上げて白球が駆け抜ける。それを追って倒れ込む少年。
「おい、どうした!そんなのも取れんのか!」
キャプテンの檄に答えるように少年は起き上がって叫ぶ。
「もうイッチョウ、お願いします」
金属音とともにボールが飛ぶ。少年はそれに向かって駆け込み、追いつきはしたが体勢を崩して倒れた。
「どうしたぁ!ジロー!そんなのも取れないのか!」
「もうイッチョウ!」
二郎は打球を追って地を這った。そんな姿を見て一郎は、ベンチから叫んだ。
「おい、もっとダッシュしろ!」
「何を偉そうにしてるんだ」
はっと振り返ると監督が一郎の横に立っていた。
「いやぁ、監督さんじゃないですか」
「いやぁ、じゃないだろ。お前も練習せんか」
一郎は半身をベンチから出して空を見上げ、
「今日はちょっと日和が悪いもんで、遠慮させてもらってます」と言った。
一瞬の静寂の後、
「バカモン!」と怒鳴られ、一郎はベンチを飛び出した。走りながら横目で二郎を見て、あいつ、遊び過ぎだな、と呟くと、
「さぁさぁ、イチロー様の登場だ」と叫んで外野へ向かった。
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